待ち合わせと帰路

(虎伏未来IF)

 
 
 
 
 
 
 

 待ち合わせ時間の十分前、並んだ街灯の明かりの先に、伏黒の姿が見えた。
「ふしぐろー」と手を振り駆け寄る。声をかけるより手を上げるよりも早く反応した気がするけど見間違いかもしれない。街灯の明かりの端っこに立つ伏黒は、ポケットに両手を押し込んだまま、首をすくめるような頷くような、瞬きをするような仕草で返事をした。ああもうまた寒そうな格好で出掛けて。せめてマフラーくらい巻いてくれませんかね。
「ごめん、待ったでしょ」
「まだ待ち合わせ時間じゃねぇだろ」
「待ち合わせ時間じゃなくても待ってるよね!」
「待ってねえ」
「待ってない人のほっぺたがこんなに冷たくなりますかね!」
 手袋を外して押しつけて、伏黒の両頬を挟む。案の定冷たい。きんきんのひえひえだ。いつからここに居たのだかしれない。雪とか雨とかじゃなくてよかった。
「別にいいだろ、いつから待ってたって」
「良くないってせめて暖かいところにいてよ」
「寒くねぇ」
「次から待ち合わせ場所カフェにしよ……」
 ここまでくると自分の失態かも、という気さえしてくる。毎回似たようなやりとりだ。悔しいほどに、待ち合わせ場所には大抵伏黒が先についている。
 首に巻いていたマフラーをほどいて、伏黒に巻きつける。「いらねえ」 「寒くねえ」という言葉は挨拶みたいなものなので無視だ。こっちだって本当は必要ない。手袋だってなくても平気だ、寒くない。軽装で家を出ていく伏黒のために装備してきているようなものだ。鉄板ショートコント、防寒具換装。飽きるくらい繰り返して、飽きないでいることを楽しんでいる、のかも、なんて思う。こういうのは嫌いじゃない。一緒に居た時間の積み重ねみたいで。ただ、体は大事にしてほしい。言えた義理じゃないかもしれないけど。
 さて、と並んで歩き出す。合流してしまえばこんな寒いところにいる理由はない。並んで歩いて雑談をして、家路につく。伏黒が鍵を開ける。荷物を持ってそれに続く。
「伏黒、晩ご飯準備してる間にお風呂はいんなよ」
「いい、今日鍋だろ」
「鍋だからね、具材ちょっと切って鍋つゆの素どばって入れたら終わりだから。遠慮しないでいいよ」
「いい、あとで入る」
「強情ー!」
「うっせえな、さっさと準備するぞ」
「伏黒って面倒になったり照れたりすると、うっせえなでごまかすところあるよね」
「今のは面倒な方だ」
「そう思います」
 脱いだ靴を揃えて、お風呂場の電気をつけて結局消して、冷蔵庫を開ける。伏黒は戸棚から土鍋を引っ張り出している。面倒な方とは言ったけれど、一緒にキッチンに立ちたい照れ隠しも多少あると思う。たぶん。最近さすがにちょっと分かる。キッチンでの役割分担がさっとできるくらいには一緒にいた。
 白菜、にんじん、挽肉に生姜と順番に食材を取り出していく。冷蔵庫の中はすっかりさっぱりしている。明日は一緒に買い物だ。ここまできたら一本だけ余っている魚肉ソーセージも入れてしまおう。伏黒に文句を言われるだろうか。それはちげぇだろ、とか言いそうだ。言われたらその場で食べよう。
 ひょいと振り向いたところで、肩に手を置かれた。ぐっと下へ押す力は頭を垂れることを強要している。大人しくそれに従うと唇を奪われた。ただいまのちゅーだ。むにっと触れてさっさと離れる。挨拶みたいに爽やかで、それでいてキンキンに冷えた触れ合いにぐうと唸る。
「伏黒さー、やっぱり先にお風呂にしない? ひえっひえじゃん」
「虎杖も一緒に入るなら考えんでもない」
「え、ええー」
 それはどうなの。どういうそれなの。ご飯にする、それともお風呂と私なの。首を捻って眉を寄せて考え込んでいると腹が鳴った。なんて間抜けなのか。確かに腹は減っていた。調理手順を考えながらできあがりを想像していたせいもある。伏黒が鼻で笑った。
「ほら、飯だろ」
「ぐぬぬ」
「ぐぬぬって発音してまで悔しがるな」
 抱えた食材の中から白菜が奪われていく。今日は伏黒が野菜担当で、虎杖が肉団子担当らしい。せめてもとリビングに走りエアコンのスイッチを入れる。それを見た伏黒が「おい、こたつで鍋っていっただろ」と文句を言うので「両立するでしょ!」と言い返しながら、するっけ、するよね、と首をかしげる。それを見た伏黒まで首をかしげている。
「部屋あったまったらエアコンは、消せばいいし?」
「寒いとこでひっついていちゃいちゃしてえんだよ」
「ワーッ! それはそれこれはこれ! 暖かくして!」
 そう言って揉めているのだかコントしているのだか分からないやりとりを繰り返し、結局鍋が先に出来た。こたつ上にセットしたカセットコンロに鍋を移し、エアコンを切ってこたつで向かい合い、つま先を触れあわせながら生姜の効いた鍋をつつく。食べ終わる頃には伏黒の顔色も良くなっていた。
 その頬と唇に触れる。もう冷たくないなと安堵した、その一連の行動が、無意識だったと気づいたのは、くすぐったそうに笑う伏黒の顔を見たときだった。思わず照れた。凄く照れた。
 照れすぎてこたつの中に入って丸まって「邪魔だ」と蹴り出されるくらいに、照れた。