(綾主+順)
十一月になり一人友人が増えた。増えまくる転校生キャラ一番の新顔、望月綾時だ。
転校生なんて実際一生のうち一度めぐり合えればラッキーな方だろうと思っていたが、今年は何のラッシュか既に三人目。軽いユニットが組めそうだ。それも美男、美女、美男と来ている。ユニットなんて組んだら人気が出て仕方なさそうだ。順平は少しばかり悲しくなって空を見上げた(実際は部屋の天上の隅だが)何が悲しいって主に全体的に全部掻っ攫っていく美男美男の部分だ。
だが綾時とは気が合って最近はよくつるんでいる。
イケメンだし美形だし口からはかゆくなるような褒め言葉を弾丸の様に打ち出して片っ端から女子に声を掛けて行くとんでもない奴だ。
夏ぐらいまでの自分だったら「なんて男の敵!」と思ったかもしれないが、今は心に決めた一人の女の子がいる為、綾時の軟派な部分はそこまで気になることも無かった。
それに見ていればどうも軟派、というより行き過ぎたフェミニスト、といった風に見える気もする。デートに誘われただのご飯食べに行っただのという話はそれはもう腐るほど聞くが、手を出されただの何だのと言うのは聞いたことが無い。
初対面の印象よりも紳士だな、というのが順平の感想だ。まあそれでも何かしらの回線が常人よりぶっ飛んでいるのは間違いないが。
普通に友人として付き合うと人懐っこいしノリもいい。順平はすっかり綾時のことが気に入っていて、綾時が女子に攫われていない限りは一緒に下校しそのまま寮へ招くことも少なくない。
今日もその流れで寮の自分の部屋に招いて寛いでいた。何処か店に寄り道するより安上がりだし、自分の部屋だから気兼ねなく寛げるのがいい。帰宅途中に菓子と飲物を仕入れてきていたので言うことなしだ。
「順平、確かじゃがりこ買ってきてたよね。取ってもらえる?」
「お、おおー。ちょっと待てよ……ほれ」
コンビニ袋を漁り、ベットの縁に腰掛けていた綾時に手渡す。「ありがとう」
おう、と軽く返事をし、順平は椅子を引っ張り角度を調整すると背もたれに抱き付く様に座った。綾時の方を向いたことで喋りやすくなり、且つ机に置いた菓子に手が届くベストポジションだ。だがこの向きに移動したのには少々別の理由がある。
先程までは机の上を片付け菓子を並べたり、コップを取り出してジュースを注いだりと、綾時に大してどちらかといえば背を向けていた。だがこうして綾時のほうを向いたことではっきり視界に入る様になったものがある。
具体的に言うと深月だ。
綾時の背中に居る、深月だ。
「はいはい、おれっち質問がありまーす」
「はい、何でしょう順平くん」
「お前ら何でそんなくっついてんの?」
その質問に綾時はきょとんとした顔を返した。その綾時の背中にもたれて本を読みふけっている深月なんてぴくりともしなかった。耳にはヘッドフォンがはまっているので、多分問い掛けは耳に届いてすらいない。
深月は順平の部屋に来てからずっとこの調子だ。寮に帰ってきて綾時と部屋に入ってから暫くした頃、ドアがノックされ深月が顔を出した。用件は昨日借りた現国のノートを返せ、というものだった(明日の現国のノートの提出の為に借りていた奴だ)
順平がノートを探している間に綾時と「来てたのか」「お邪魔してます」という会話と他愛も無い雑談を交わしていたが、ノートを受け取ると直ぐ部屋から出て行った。
が、また直ぐ戻ってきた。
手には今読んでいる本を持って。そのまま「空気だと思ってくれ」と言って部屋を横切り、ベットに腰掛けている綾時の背後に回り「背中借りる」「どうぞー」というやり取りをし、今に至る。
空気だと思えと言っただけあって、特に動かず喋らず絡んでこず。綾時も気にしていないようで普通に順平と会話してくる。
本当に深月など居ないかのようだ。なんて訳が無い、めっちゃ気になる。
「いやだから、リーダーだよ。なんでそんな、俺の部屋にまできて綾時くんとべーったりしていらっしゃるのかなーと思いましてね」
「深月くん、順平が呼んでるよ」
綾時は振り返ると、器用に深月のヘッドフォンの片方を外した。突然消えた耳の感触と音に驚いてこちらを顔だけで振り返った。
「ホントに今まで聞こえてなかったのかよ……」
「ごめん、話し掛けてた?」
「おうよ」
「えっと、なに?」
「だから、なんでそんなにくっついてんのさ。お前ら」
お前ら、と一括りにされた二人は至近距離できょとんと見詰め合っていた。
グレーダイヤモンドの瞳がぱちりと瞬きを繰り返し、質問の意味を吟味し「あぁ」と順平のほうを向いた。
「綾時の傍に居るとなんか安心するだろ?」
「まじで?」
「しない、のか?」
「綾時とつるんでんのは楽しいけどよ、安心するからべったりくっつくとかそんな気はおきねーよ?」
まあ綾時でなくても男相手にべったりくっつきたい衝動というものがそもそも全体的に起きないのだが。
それと順平は深月のパーソナルスペースがかなり広い方だと思っていた。人と話す時もある一定の距離を保って接するし、スキンシップも避ける。深月と肩を組もうとした友近が華麗に避けられて文句を言うのは意外とよくある光景だ。
そういうスキンシップが嫌いという訳ではないが苦手だ、という印象を持っていただけにこの綾時にべったり感には驚かざるを得ない。
「綾時的にはありなの?」
「くっつかれるの?」
「そうそう。お前は帰国子女様だしスキンシップは別に苦手な印象無いけどさ、その背中にくっつけてんの男だぜ? いくら中世的で美人、一度本気で女装させてみたい男子ナンバーワンと言えどお前の大好きな女の子じゃなくってよ」
「おい順平」並べ立てた部分のどれか(多分どれも)がお気に召さなかったようで、深月が殴るぞと言わんばかりの眼力で睨んで来る。めっちゃ怖い。
「うーん、でも僕も深月くんと居ると落ち着くし」
綾時が振り返り、君と一緒だね、と笑えば深月の怒気が引っ込んだ。ますます不思議だ。
表情の変化が乏しい深月の機嫌が最近こうして分かりやすい。それだけでも大きな驚きであったし、それ以上にどうもその理由が綾時にあるらしいと言うのが更に驚きでならない。どこの女子に告白されようとも脈有りなのか無しなのか判別不能な程無表情な深月の、機嫌が、分かる。
順平はううんと唸った。
「お前ら付き合ってたっけ?」
「は?」深月は綾時越しに首を傾げた。
「いやー、あまりになんというか、仲睦まじいっての? 深月がそんだけの距離感を許すって何、綾時とどういう感じ? え、これはもしや付き合っちゃってる? 付き合っちゃってるカンジーってさ」
「そんな事実は無かったと思う」
「僕もお付き合いしてくださいって言った記憶ないなー」
「デスヨネー」
正直ちょっと核心突いちゃってたらどうしよう、と思っていたので(冗談のつもりではあった)違うとわかって少しほっとした順平は机の上の菓子に手をつけた。先程空けたところのじゃがりこをかじる。
会話が一段落した事もあり、綾時も再び菓子に手を伸ばした。じゃがりこを二本抜き取ると、片方を自分の口へ、もう片方を深月の口の前に差し出した。差し出されたそれを素直にかじる姿に、やはりさっきの問いは当たらずしも遠からずか? と首を傾げる。(なんかあれ、餌付けしてるみてえだな)
「順平にああいわれた事だし、深月くん折角だし僕とお付き合いしましょうか?」
「うぼふっ」
「……なんで順平がむせるんだ」
油断してジュースを口に含んだところで、予想外の精神攻撃が飛んできて思わずむせた。深月が白い目をしてこちらを見ている。ごほごほと咳き込めば涙が滲んだ。
何とか息を整え、目尻に溜まった涙を指先で払う。
「そうくるとは思わなかったぜ、綾時」
「何かおかしかったかな? ダメ、だったかな?」綾時は深月を伺い見た。
深月は深月で口を噤んでいる。だた、呆れて言葉も見つからない、という様子ではない。どちらかと言うと考え込んでいる。
「ええー深月そこで考えちゃう? 考えちゃうの? 脈ありなの!?」
「……いや」
「デスヨネー。いやーびっくりしちったぜ……。俺の何気ない一言を機に二人がお付き合いとかしちゃったら、もー俺学校中の女子からボッコボコよ」
きっかけ(と言う名の原因)を作ったのが俺とバレたら、まず綾時君取巻き隊の方にボッコボコだろ、タルタロス探索中にゆかりっちにも弓で後ろから射られるかもしれない……その他エトセトラ。と順平が思いを巡らせていると「それだ」と深月が言う。
「はい?」
「だから、付き合えばお前が女子からベタベタされない、っていうなら考える」
「どうして?」
「香水……の匂いとか、嫌いじゃないけど。綾時から違う匂いがすると何か落ち着かない」
順平は白目を剥きそうな気持ちだった。何故こうなった。自分だ、自分が悪かった。「ほ、本当にお前ら付き合ってなかったか?」
「だから、そんな事実はなかった筈だけど」
「うん、僕もお付き合いしましょうって言ったのさっきが初めてだよ」
「じゃ、じゃあさー深月。聞くけど、さっきのはどういう?」
「さっきのって」
「綾時から別の匂い云々」
「ああ……順平だって自分の布団から知らない匂いがしたら落ち着かないだろ」
「綾時は布団と同列なわけ!!」
至って真面目にそう答えられ、順平は馬鹿らしくなった。
これはもう付き合う云々と先程からしている話しも全て、綾時も深月も冗談の一環だったのだろう。話しの流れ、ネタ。じゃなかったら流石に綾時を布団に例えるとかしないだろう。
きっと慌てふためく自分を見てそれなりに面白がっているのだ。何せ深月に至ってはポーカーフェイスの達人だ。人をおちょくっていても真顔を保てる奴だ。
一瞬でも真剣に慌てた自分が馬鹿だった、と順平はお決まりの様に両手を挙げた。
「でも順平がそんなに言うなら付き合うか、綾時」
ハイハイもうなんとでも。
と軽く流したが、翌日本当に付き合う事になっていた二人の姿に順平は白目を剥くことになる。
そして綾時君取巻き隊でもゆかりでもなく、アイギスに撃たれることになる。