(プロヒ爆轟)
いつにも増して気合いの入った風呂上がりだった。
ドライヤーの温風をこれでもかというほど丁寧に、しっかりと当てていく。差し入れた指先が湿った感触を拾わなくなるまでじっくりとだ。
明日は二人とも、休みだった。
とはいえ、休みだから絶対するぞ、というほど旺盛でもなくなって久しい。時が経つにつれ次第に回数が減っていっていた。苛烈な男の目元がいつしか和らいでいたように。
倦怠期だとかまんねりだとか、そんなものではまるでなく、ただただ落ち着いていった。代わりにいつもより手の込んだ料理を一緒に用意して食べて、たまには酒を開けて、ゆったりと言葉を交わしてそのまま眠ってしまう、なんてことが増えていた。
なので今日は結構、久々だった。
数日前に爆豪がふわっと「休みかぶっとったよな」と確認して「久々にするか」と口にした。それに轟は「お、いいな」と答えて「晩飯のメニュー聞いてんじゃねェぞ」と小突かれていた。
さすがにそれくらい分かる。
一体何年一緒にいると思っているのか。もういいオッサンだし、そろそろジジィも見えてくる頃だ。とか言えば「ジジィはさすがに気が早ェわ」と抗議された。
ジジィの爆豪の金髪は白髪になっているのだろうか。楽しみだ。ついでに自身も単色になるか否か。半分野郎ではなくなってしまうな、と懐かしい呼び名を思い出す。
つまり、なんというか、するのはおよそ三ヶ月ぶりだった。
一ヶ月はゆうに経過しており、二ヶ月も過ぎただろうという心地、なので多分三ヶ月。三ヶ月といったら季節一つ分だ。
久々すぎて十代の頃なみに緊張する。ということはないが、気合いは入る。先に爆豪を風呂に押し込み、入れ替わるように入ったそのあとでたっぷりと時間を掛けて身支度をした。
爆豪はたぶん、今頃ソファでPCでも見ている。人にはしっかり休めと口酸っぱく言うくせに、あいつも手持ち無沙汰になると仕事をしてしまうタイプだ。
今日は明日のための仕込み料理もない。明日はだらっと起きたのち、外食をする予定にしていた。ついでに買い物だ。デートだ。
その元気があったのなら。
二十代の頃の元気さに比べたらそれはもうオッサンだが、しかしヒーローとして体を鍛えているのできっと動けるだろう、といった具合だ。今晩この後羽目をはずしたら、全てデリバリーになる。
ドライヤーのスイッチを切る。コードを束ねて定位置にしまう。理由もなく鏡をじっと一睨みし、湯上がりぽかぽかの体でリビングに向かう。
爆豪はやはりソファにいた。
ただPCは開いておらず、本を読んでいた。紙の小説。事務所の同僚が熱く推して押しつけてきたから、渋々読んでいるのだと言っていた。どうにも珍しい光景だが、意外にもしっかり読んでいる。面白いのかもしれない。
足音を聞きつけた爆豪が、テーブルに置いていた栞をつまみ上げ、本の間に挟んだ。
「爆豪、待たせたな」
「おー」
「本もう良いのか?」
「ちょうどキリよかったからな」
閉じられた本が置かれる。爆豪が顔を上げる。昔はよくぎゅうっと眉間に皺が刻まれていたものだが、最近はすっかりまろやかになった。とはいえ怒ればやっぱりあの顔になるが。
「今日逆でやるか?」
爆豪がふと口にしたその言葉の指すものが分からず、はてと首をかしげる。
轟の反応が薄いことに気づいた爆豪が顔を上げる。上げて見る。赤い瞳がゆったりと動いて轟を映す。瞬きと共に一つ呼吸が挟まる。
「トップ、かわってやろーか」
そこまで言われてようやく認識した。セックスのポジションを入れ替えてやろうか、と言っていると理解する。
そんなことこれっぽっちも連想させないような、穏やかにささやくような響きだった。
あっ、と口を開ける。
わっ、と声が腹から漏れた。
「トイレットペーパー買い忘れたときの方が悩んでたろ!」
「アァ? 何と比べとンだ!」
あの時は本当に、苦悩していた。
ドラッグストアで安売りされていたからスーパーの帰りに買おうと話して、珍しくきれいさっぱり忘れて帰ってきてしまった。家も目前というところで思い出し、戻る労力と特売の価格を天秤にかけながら、うっかり忘れたという屈辱に震えていた。
あの時の顔とさっきの顔は、全く違う。
今は「明日の朝、パンでいいか?」と言ったかと疑うような顔をしていた。轟は朝は米派だった。
「つか、今言うのかよ! 俺がこんなに、ケツをふわとろに仕上げてきたっつーのに!」
「何勝手に準備しとンだ! やらせろや!」
「爆豪は俺の期待値を分かってねェ!」
三ヶ月ぶりだぞ久々だぞ楽しみにしていたんだぞ準備にも熱が入るだろうがと捲し立てると、爆豪は僅かに眉間に皺を寄せて言葉を詰まらせた。これはきっと照れた。
言い負かした満足感が胸を満たしかけたが、今はそれどころではない。ひとまず爆豪のとなりに腰を下ろす。ここに並んで座っているだけでもいいと思える日々が続いていた。今日はよくないが。
爆豪は気を取り直すように咳払いをした。
「前から言っとったろ」
「最近は言ってねぇけどな。結局魔法使いにもならなかったし」
「何の魔法手に入れる気だったんだ」
「滞空性能高いやつがいいな」
「思ったよか魔法使いっぽいな……」
爆破と比べるものではないが、半冷半熱はそこまで滞空に向いていない。飛べたらどういう技を編み出そうか。考えたところで三十歳はとっくに過ぎているのだが。「半分野郎が三等分野郎になんのかよ」と笑っていた爆豪の顔が思い出される。
ではなくて。
「つか、どういう心境の変化だ? あんなに嫌がってただろ」
随分と前はことある毎にアプローチをしていたが、断られるか上手くかわされるかしていた。このままでは魔法使いになってしまう俺の童貞貰えと騒いだ時だって、断固拒否された。
いつしかアプローチをやめていたが、それはなにも諦めたからではない。よくよく考えたらどうしても交替してほしいという訳でもないな、と気づいたというだけだ。
今のポジションに不満はない。爆豪はいつも丁寧だし、人の体を好きに暴いて楽しげな顔を見せる姿も好きだった。あとは単純に気持ちも良い。魔法使いにもならなかったし。
爆豪が伸び上がるようにソファに背を預けた。
「まあ、年取ったからな」
「……確かにあの頃と比べると、落ち着いたよな」
声色もずいぶんと凪いでいる。自分自身が前へ前へと進んでいた頃と違い、今は後進を育てる側に回っていた。立ち止まってじっくり眺める時間の方が増えている。着実に年を取っていた。
睨み付ける苛烈さがなりを潜め、じっと眺めるように和らいだ目元なんて、特にセクシーだ。大人の色気といっていい。
爆豪がそんな目で轟を見る。燃えるような色をしていながら、柔らかくかうように細められた眼差しは、いっそずるいほどだ。
「で、どうすんだ?」
かわってやろうか。
ささやくように色っぽい声を向けられて、ぐっと唸る。背中を丸めて苦悩する。今の轟の方がよほど、トイレットペーパーを買い忘れた時の爆豪の表情をしていた。
「今日は、……いつも通りで頼む」
「いいんか? 次いつその気になるかわかんねーぞ」
からかうようなその声の、朗らかさが本当にずるい。全く酷いやつだ。
首をひねり、となりに座ったその顔をぎゅっと睨み付ける。
「あのな爆豪、俺が今どんだけ最高の仕上がりか知らねェだろ。せめてもっと早く言ってくれ」
「だから準備してんじゃねーっての」
ハッと大きく声を立て爆豪が笑う。
なんだか悔しくなってきたが、こちらはすっかり抱かれる気満々の仕上がりだ。この状態で代わってもらったところで、気もそぞろもいいところだろう。絶対に集中できない。自分のケツが気になってダメだ。それくらい分かる。既に今だって随分とそわそわしているのだから。
「ンじゃ行くぞ」
勝ち誇ったように楽しげな声と共に手を取られ、ソファから引っ張り上げられる。悔しいが期待の方が上回っているので素直についていく。それに寝室までの短い距離を、手をつないだまま歩く爆豪のことが可愛かったので。
だがやはりもう少し早く言って欲しかった、という気持ちも多大にある。実際今更ポジション替えを行いたいかはさておき、検討する時間くらいあっても良かったはずだ。
そこでハッと気づく。
「策士か?」