焼き芋の季節

(綾主)

 彼の手の中から漂い出る、湯気の行方を眺めていた。
 学校からの帰り道。寄り道をしたコンビニの前に立っていた。
 僕は手にビニール袋を持っていて、彼は手に白い包みを持っている。
 彼の手の中身に僕は興味津々で、好奇心がまるで隠せなくて、ぐいぐいと顔を近付ける。甘くて良い匂いに鼻ひくつかせる。彼が「じゃま」と身をよじった。「だって」というと「落としたらどうするんだ」と怒られてしまった。しゅんと肩を落とす。
 仕方ないので一歩横に避けて、首を傾けて覗き込むにとどめる。それでも良い匂いは漂ってくる。ちらと彼の視線が一瞬だけこちらを見た。ぐうとお腹が鳴った。
 期待を込めて見詰めていると、彼は手の中の物を上手に二つにちぎった。ちぎれたところから、良い匂いが溢れ出る。
 右側を彼がかじって、左側と包み紙が僕に差し出された。
 期待に胸を膨らませながらそれを受け取る。「意外と熱いから気をつけろよ」と気遣う声が掛けられ、嬉しくなって笑ってしまった。
 ゆらゆら湯気と甘い匂いを漂わせている、柔らかな金色をしたそれにかじりつく。
 なるほど確かに熱かった。はくはくと口に含めば甘みが広がる。感動にぱちりと瞬きをし、となりの彼を見る。
「美味しいね」と話し掛けた時、彼は既に食べきって手ぶらになっていた。
「そうだな」
「食べるの早いね」
「ふつうだと思う」
「うーん、もし僕が食べるの遅かったとしても、それでも速いとおもうな」
 熱いって言ったのに、一瞬で平らげてしまうくらい速いじゃないか。その速度が不思議でならない。
 僕はいわゆる猫舌なので、熱い食べ物が得意ではない。ふうふうと息を吹きかけながらちまりと食べ進める。因みに猫舌という言葉は三日前、となりのとなりのクラスの女の子に教えて貰った言葉だ。覚えたての言葉なので使いたくって仕方がない。「僕は猫舌なんだ」というと「そうだったんだ」と彼が少しだけ驚いた。「火傷するなよ」と言われて僕はまた嬉しくなる。にこにこと笑えば、彼が不思議そうにまばたきをした。
「この食べ物は焼き芋って言うんだよね。これ凄く美味しい。このへんではよく食べられているの?」
「このへんっていうか、全国区」
「えっどこに行っても食べられるの? それじゃあ見掛けたら買ってしまいそうだなあ。お芋を焼いただけなのにこんなに美味しいって言うのは革命だね」
「気に入ったなら何よりだ」
「うん、とっても気に入ったよ。また食べに連れてきてね」
 コンビニ商品なので一人で買いにも来られるのだけれど、あえてそう言ってみた。
 また連れていって、というのは女の子の口からよく出てくる言葉だけれど。でも次という可能性を期待したいその気持ちが、今とてもよく分かった。
 にこりと笑い掛けたのだが、彼はどうしてか難しい顔をした。眉間にしわを寄せ、するりと視線を外すと、悲しげに視線を地面にころがした。
「残念だけど、期間限定の商品だから次に食べれるのは来年かな」
「そんな、ウソでしょ!」
「嘘だな」
「……うそ」二度目のうそという言葉は力なくぽとりと地面に落ちる様な響きをしていた。力が抜けすぎて危うく手に持っていた焼き芋を落とすところだった。
 一方彼はいつも通りの平然とした顔をしていた。なんだかずるい。
「年中売ってはいないから期間限定なのは間違いないけど、まだしばらくは食べられるよ」
「それは、良かった。けど、騙すのは酷いよ」
「綾時って基本疑わないからつい。ごめん」
 そう言った彼が本当に楽しそうに笑っていたので、僕はうっかり騙されてしまった。この笑顔が嘘一回分ならそれはとても、安いのではないか。なんて思う。
「早く食べないと冷めるぞ」という彼の笑い声が転がって、僕は慌てて二口目をかじった。
「あつっ」
「ああもう、言わんこっちゃない」

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#短い話が書きたいのでCPと一文を指定されたい→「期間限定の商品だから次に食べれるのは来年かな」