相部屋

(巌戸台分寮がもしも二人部屋だったら+11月だけど皆生きてる)

「い、いやですよ」
 動きが鈍いと評判の自らの表情筋を限界まで動かし、嫌そう且つ迷惑そう且つ全力の拒否の表情を作ってみせる。こんなに苦々しく口元を歪めたことも、こんなに必死に眉根を寄せたこともこれまでの人生の中で一度だってない。と思う。だが、そこまでして必死に作った表情を見ても、目の前の幾月はにこにこと笑ったままだった。
「いやー、そう言われても、もう決まった事だからね」
「な、何でですか……別に他の人のところで良いじゃないですか」
「うんうん、実のところ君に拒否権はないんだよ」
「嫌ですってば」
「はい、という訳で明日の夕方には来るから、それまでに部屋を片付けておいてね」
「他の寮に空き部屋、とか」
「ははははは」
「理事長!」
「ははははははははは」

「よっ深月。何か手伝ってやろっか」
 自室で本棚の中身をひっくり返してながら項垂れていると、いつの間にか入口から順平が顔を覗かせていた。その顔を一瞥し、床に散乱する本を数冊手を伸ばす。
「じゃあ、一つ頼まれてくれないか」
「おうよ。何でもいいぜー。掃除機でもゴミ捨てでもなんでも言えよ」
「ちょっと……理事長の眼鏡を奪って、出来るだけ惨たらしく割ってきてくれないか」
「あーうん。そんなに相部屋になるの嫌なのか」
 部屋に入ってきた順平が、憐れむようにそっと見下ろしてくる。普段ならばここで殴るなり蹴るなりしたくなるところだが、今ばかりはそんな気も起きない。本の山を抱え上げ、自分の机の横に作り付けられている本棚へと押し込む。折角だから整頓して入れようかと思ったが、もう、どうでもいい。
 そう、相部屋だ。
 明日からこの部屋は相部屋になるのだ。今まで、今年の春に転入して来てこの寮に入ってからずっと、この部屋を一人で使っていたのに。ここに来てのルームメイトの出現だ。巌戸台分寮は全室二人部屋なのだが、入寮している人数もあまり多くなく、今までなんとか一人部屋を死守してこられたというのに、何故今更、こんなことに。
 元よりパーソナルペースが広い上に、人と一緒に居ることが割と苦手だというのに、同じ部屋で寝起きするだなんて考えただけでぞっとする。それも会ったことも無い相手と、だ。何でも明後日転校生が来るらしく、その転校生が明日、一足早くこの部屋に引っ越してくるという。消えてなくなりたい。むしろ消えてなくなってくれ転校生よ。
 先ほどまで必死に理事長に抗議していたのだが、最終的に「知ってるかな、私って理事長なんだよ」とにこにこ微笑まれてバッサリと却下された。もう出来る事など、諦めて丸一日後にやってくる見た事も無いルームメイトの為に部屋を掃除しておくか、今直ぐ理事長を仕留めて転校生に理事長室を明け渡すかの二択しかない。
 なので仕方なく、元からあまり物の無い部屋を片付けている。
「相部屋もそんな悪くねーぞ」
 床に散らばっていた残りの本を拾いながら順平が呑気そうに笑った。恨みがましくその顔を振り返る。「うわ凄ぇ顔」と言った順平は阿呆面だった。
「順平は天田とだろ。天田は顔見知りだからいいじゃないか」
「いやいや、相部屋になった時は見ず知らずだったって」
「でも、天田だろ」
「お前天田をなんだと思ってるんだよ。それによ、他の部屋の奴らだって結構楽しそうに生活してんだろ。真田先輩と荒垣先輩とかさ」
「……たまに轟音が聞こえてくるけどな」
「うん……まあ……あそこは、な。ほら、ボクサーが居るしよ」
「もし明日引っ越してくるのがボクサーだったらどうするんだよ」
「そん時は仕方ないから真田先輩に引き取ってもらえよ。つかさ、どんな奴が来るのか聞いてねえの?」
 そこではっと気が付く。そういえば聞いていない。同じクラスに転校してくるから、としか聞いていない。そのと言葉から、どうも同い年らしいという事実以外には、何も見えてこない。
「順平、今からでも遅くない、理事長を出来るだけ惨たらしく」
「ターゲットが眼鏡から本体に変わってんぞ。つか名前も聞いてねえの?」
「きいてない」
「ってことはよ、明日ここに実際来るまでどんな奴かはお楽しみ、って事か。うおーなんかわくわくしてきたな!」
「……順平」
「お、どした?」
 本棚の前で両手をついて項垂れたまま名前を呼ぶと、順平が顔を覗き込んでくる。横目で見たその顔は、明らかに人のこの状況を面白がっていた。口の端は両方とも上がっているし、目も弧を描いている。心配している風な口調を装っていたが、どこからどうみても、楽しんでいる。ふわりと心の中に湧いて出てきた、殴りたい、という気持ちを押し殺し、出来るだけ弱気に上目使いで順平の顔を見上げる。
「天田と交換しないか」
「それは断る」

 あの後順平と乱闘になり、物音を聞き付けて飛び込んできた真田が「俺も混ぜろ」と言ったことで事態はややこしくなり、その後少し遅れてやって来た荒垣に全員殴られ正座させられどうしてこうなったかの経緯を説明されられ、見ず知らずの人間と同じ部屋で生活する不安は分かるがと諭され、最終的に荒垣特性オムライスを天田も呼んで全員で食べてその日は終わった。
 そして今日は、朝に時価ネットたなかを視聴した後、一日掛けて部屋を掃除していた。気が付けばあっという間に夕方だ。物は少なく片付けに時間は掛からなかったが、部屋の隅や窓の桟など掃除し出したら気になって切りがなく、大掃除になってしまった。おかげで部屋は塵ひとつ無く、感動せずにはいられない程綺麗になった。正直今、少しだけ胸が熱い。
 その感動を胸に暫し部屋の真ん中で立ち尽くしていると、部屋の外から順平の声が聞こえてきた。「あ、もしかして……ってうわーお前それ大丈夫じゃねえわ!」「あのっすいません僕」「分かった! 分かったから取り敢えずそれ、どうかしてからにしろってお前の部屋そこの奥だから」「あっありがとう、あの僕」「いいから! ふらっふらしてるから早くそれ置いてこい!」
 聞こえてきた声に何か、順平の他に知らない人のそれが混じっていた気がする。もしかして、もしかしなくても、もしかして。胸にこみ上げていた熱さがサッと引き思い切り冷え込む。どうしようどうしようどうしよう。ところで何も考えていなかった。
 心の準備をする間もなくドアをノックする音、ではなく何かがぶつかる鈍い音が聞こえた。
「あの、すいません! 今日からお世話になる」
「わー! 深月良いからドア開けてやれ危ない! 危ないから!」
「えっ、あっ」
 ドアの直ぐ側から聞こえる知らない声の、その後ろから順平の声が急かす。一体どういうことか考えるよりも先に、言われるままにドアに駆け寄り、ノブを回す。ガチャリと開いた扉から、人の足と、ダンボールが覗いた。
 目の前でダンボールがふらふら揺れている。一瞬驚きで固まる。見えると思ったはずの顔は、その人が抱えているダンボールに遮られてまるで見えなかった。
「あのっ、僕今日からお世話になる」
「えっ、あの、そ、それよりダンボール置いたら。重そうだけど」
「そうさせて貰えると助かるよ……実はそろそろ、腕が限界で」
 ダンボールに隠れた人影がよろめきながら部屋に入ってくる。そのまま荷物と一緒に倒れてしまわないか心配になって、抱えていたダンボールを半分貰う。いきなり軽くなった荷物に驚いて「わっ」と声が上がった。
 それから障害物が無くなったことでその人の、顔が、見えた。
「あっ、ありがとう。助かるよ。君がこの部屋の人、で良いんだよね?」
「え、うん……」
 しどろもどろになりながら、頷く。目の前のその人は、ダンボールを一旦足元に下ろすと、改めてすっと背筋を伸ばし、こちらを向いた。するりとなめらかな動作で、視線を合わせ、にこりと微笑み掛けられる。
「あの僕、今日からお世話になります。望月綾時と言います」

 とても綺麗な、空色の瞳が見えた。

13/03/17発行ペーパーより