こたつと夕食

(アササン)

 

 

 

アーサーが帰ると家の中は真っ暗だった。
玄関は勿論、どこからも光が漏れて来ない。リビングすら真っ暗だ。暗さに目が慣れると、窓の外の景色が見えてくる。カーテンすら閉めていないらしい。あいつはいったいいつから寝ているんだ。
せめて暖房くらい点けておけよ、と思いながら暗い部屋の中を横切る。外では雪がちらついているものだから、とにかく寒い。家の中は暖かいかもしれないと期待したのにこの様だ。はあと息を吐けば窓ガラスがくもった。カーテンを閉め、電気を付け、暖房のスイッチを入れる。
明るくなった部屋の中を振り返り、真ん中に置いてあるこたつを見る。「おい」と呼びかけるが返事はない。仕方なくこたつの周りをぐるりと回る。四辺のどこかから頭が出ているだろうと思ったのだが、これが見当たらない。もしや出掛けているのか。こんな寒いのに、まさか、あいつが。いやしかし玄関にブーツはあった。銀色銀色と考えながらこたつの周りを回ること二週目、心なしか膨らんでいる部分があることに気が付いた。
とりあえず軽く蹴りを入れた。
空振りに終わる可能性も勿論考えてはいたが、見事に足先が固いものに当たった。ほどなく「いてぇ」というくぐもった声が蹴り飛ばした場所から聞こえ、もぞもぞと人が這い出てきた。
ぼさぼさの銀髪がこたつ布団から覗いた。かと思えば動きが止まった。どうやら頭以上は外に出る気がないらしい。亀みたいだなと思いながら暫く眺めて待つが、再び動き出す気配がない。もしやこの状況で二度寝を決め込む気なのか。もう一回蹴り飛ばそうかと考えていると、思い出した様に頭が横を向いた。赤い瞳が眠そうにしぱしぱと瞬きを繰り返している。
クリスマス後から泊まり込んでいる幼馴染は、家主が帰って来たことをようやく把握したらしい。まじまじと顔を眺めたあと「よう、お帰り」と言った。
「よおじゃねえよ。いつから寝てるんだ」
「お前帰ってくるの早くないか」
「もう外は真っ暗だぞ」
嘘だろ、と言いたそうにサンタクローズが頭を動かしたが、窓は丁度こたつを挟んで反対側にある。体を起こさなないと見えないと悟ると、直ぐに諦めて再びうつ伏せに落ち着いた。本気でこたつから出るつもりがないようだ。
「少なくとも俺が寝た頃は明るかったな」
「だろうな。カーテンも開けっ放しだったし」
「ああ悪い。今度から閉めて寝るわ」
「真っ暗になるまで昼寝すんじゃねえよ」
盛大に溜息を吐出した後、マフラーを解いた。合わせてコートや手袋といった防寒着の類を全て外す。暖房が効いてきたようで脱いでもそう寒くはなかった。とはいえ暖かいという程でもない。さっさと部屋着に着替えるに越したことはない。
と思ったが一旦手を止め、こたつから顔だけ出しているサンタクローズを見る。
「今日は外に食いに行くか」と提案すると「イヤだ」と即答された。
もうすこし考えろよと思うが、物凄く嫌そうな顔をしている。今ここで自害しろとでも言われたのかと思うくらい酷い顔だ。
「なんで嫌なんだよ。飯の準備しなくていいから楽だろ」
「今雪降ってるだろ。寒いから嫌だ、絶対行かない」
「なんで外見てないのに雪降ってるって分かるんだよ。降り始めたの夕方だぞ」
「お前俺の出身地なめんなよ。それくらい分かる」
「出身地あそこでなんでそんなに寒さに弱いんだ」
「それとこれとは別の問題だ」
呆れて返す言葉も出ない。まあ出不精なのは身に染みていたので、素直に頷くとも思ってはいなかったが。それにしても酷いものだ。
「まあ飯どうのは置いといても、お前最近外出てないだろ。たまにはどっか行こうぜ」
「失礼なこと言うな、一昨日飯の材料買に外に出た」
「それだけか」
「まあな」
「スーパー近ぇだろ」
「お前どこまで飯食いにつれてく気だったんだ。そんな遠いところまで絶対行かねえから。どうしても連れ出したいなら玄関の前に暖房効いた車横づけしろ」
「そんな遠くまで行かねえよ。ちょっとの距離くらい我慢しろ」
「分かった」とサンタクローズが頷いた。おや今日はやけに物わかりがいいな、と思ったが残念ながら気のせいだった。「分かった、お帰りのちゅーしてやるから今日は家に居ようぜ」
「お前なぁ、そんなんで誤魔化されると思ってるのか」
「嫌いじゃないだろ」
にやにやと言う姿に向けて、帰宅後すでに何度目だかの溜息を吐いた。「まあな」
しかしこれで一旦はこたつから出てくるだろう。と思ったのに待てど暮らせどサンタクローズが動く気配がまるでない。見れば、向こうも同じようにアーサーを見ていた。目が合う。瞬きをする。
「おい、出てこいよ。お帰りのちゅーで誤魔化されてやらねえぞ」
「いやお前がこっち来いよ。寒いだろうが」
「本気でそっから出る気がないことが分かった」
「今頃気付いたのか」
もう溜息すら出ない。突っ立っていたら寒くなってきたので、こたつに足を押し込む。中を横断しているサンタクローズの脇腹を蹴ると、足をぐーで殴られた。くそ、俺の家だぞ。
ほんとにこいつはと呆れるが、部屋の中が朝よりも明らかに綺麗になっているのだ。一昨日とは言ったが食材が足らなくなったら買い足しにも出掛けているし、ただぐうたらしている訳ではないのは分かる。むしろ一通りの家事はこなされている。そこは文句がない。かなり有難い。が、いかんせん引きこもりなのだ。
聖夜街に戻るのが先か、こたつと融合するのが先か、どっちか分からないほどだ。昔からなんだかんだアーサーが理由をつけて外に連れ出していたが、それが今も変わらない。しかし常界に戻ってからは年に一度この季節しか会わないのだからもう少しこう、と思わないでもない。
「そんで、晩飯は?」
「家で食う」
「いや今日お前が晩飯の当番なんだけど」
「……あ、」
「まだ作ってないだろうなと思って外食いに行こう、って提案した俺の優しさを、さっきお前は拒否したわけだが」
「そいやロールキャベツを作ろうとしてたな。昼の三時までは」
「よーし食いに行くか」
「いやだ!」と言い残してサンタクローズは再びこたつに頭の天辺まで埋まった。埋まってどうする。誤魔化す気か。
しかし今からロールキャベツが出来るのを待っていたらいつ食べられるか分かったものじゃない。何か簡単に作ってやってもいいんだがと考えていると、中からごそごそ音が聞こえてきた。足に何か当たる。
中で何してんだこいつ、と思っていると足首を思い切り引っ張られた。うわ、と声を上げて後ろに倒れる。若干頭を打った。訳が分からん。
「痛いんだが」
起き上がろうとするが、何かに押さえ付けられて無理だった。仕方なく頭だけ起こすと、どうしてかサンタクローズの顔が見えた。さっきまで向こうに入ってた筈なのに、なんでそこから顔出してるんだ。一辺に大人二人が入れるサイズのこたつじゃないぞ。
サンタクローズは堂々のしかかりながら這い出てくると、アーサーの胸の上で腕を組んでそこに頭を乗せた。わざとらしすぎる。
「出前取ろ」
「お前それアラサーの野郎がするポーズじゃねえよ」
「うるせえな、かわいくお願いしてやってるだろ。有難く受け取れ」
「かわいかねえよ……」
「じゃあ今から俺が腕によりをかけて、云時間かけてロールキャベツを作ってるのを待つか?」
「どんだけ凄いロールキャベツ作る気だ」
「ロールキャベツは明日作るから」
「それはいいけど、だったら外食でもいいだろ」
「そうは言うけど、こんだけ暖かいこたつからお前今更抜け出せるのか」
こたつというか、こたつに入っていたせいでやけに暖かいサンタクローズの下敷きになっているのだが。まあ確かに、今更雪が降る外に出るという気は大分削がれていた。こいつが物凄く暖かいのだ。上半身が外に出ている状態だが、サンタクローズを乗せているせいで暖かい。外に連れ出すことと天秤にかけると、暖かい室内にいる方に傾く。
「あー分かった分かった、出前でいい」
「さすがアーサー、大好き」
「わざとらしくその名前で呼ぶんじゃねえ。そんで何食べたいんだ」
「寿司」
「寒いから出たくねえって言ってるやつが何で寿司なんだよ」
「それとこれとは別だろ」
「まあ何でもいいけど、取りあえず退け。電話かける」
「おう」
今日一番嬉しそうな声色を出されて若干むなしい気持ちになる。しかし本当に寿司を食べる気だろうか。他に出前取れそうなもの、と一応考える。自分としては寿司という気分ではないのだ。正直鍋とか食いたい。
ところで、一向にサンタクローズが退く気配がないのはどうしてだ。
「早く退けよ」と再度促すと、赤い瞳が上目使いに見上げてきた。なんだ。
「身動き取れない」
「お前馬鹿じゃねえの」