不整脈

(ジンヤス)

 

 

 

今日は不在票有りの日だった。
不在票が「今日飯食いに行くから」の合図になったのはいつ頃だったか。むしろどうしてこうなったのだったかと首をひねる。最早思いだせない。
朝家を出る時にポストを覗き、不在票が入っていたら食材を多めに買って帰る。そのルーチンもすっかり板についてしまっていた。呆れるような嬉しいような、意味もなく気恥ずかしいような。
不在票にメニューが書いてあればそれを作り、白紙だったら適当に。今朝入っていた不在票には「ハンバーグ」と書かれていたので、今夜はハンバーグだ。
テーブルを挟んで向こう側、座布団の上であぐらをかいたジンソクが体を左右に揺らしながらこっちを見ている。視線はヤスツナが掴んでいる茶碗に向いていると分かっていても、なんとも落ち着かない。
「あまり見ないでくれ」というと「ヤスツナは見られて困る顔してないだろ?」と返される。なんだかなあ。
こんもりと白米をよそい差し出せば、嬉々としてジンソクの両手がそれを迎えた。「重いぞ」と忠告すると「最高」と笑い声が上がった。
その後いただきますを合図に食事が始まる。今日のハンバーグはなかなかいい出来だ。悪い出来の日なんて無いけれど。
来客があると分かれば凝ったメニューを考えようという気にもなるので、必然的に料理の腕が上がっている気がする。一人の時でも食卓が潤うのでいいことだな、と思う反面、向かいで白米をかきこむような相手が居なければ、そもそもそんなに手を掛けて作らないとも思う。一人だったらわざわざハンバーグを作ろうなどという気にならない。なったとしても年に一度かそれ以下か。
すっかり毒されてしまった、と小さく苦笑を漏らす。それを耳ざとく聞いていたジンソクが、箸を握り締めている手を止めてこちらをじっと見た。
凝視される。目が合う。なんとなく心臓の挙動がおかしい。最近こういうことが多いなと首を傾ける視線を逸らす。
「なんだ」
「いや、最近どうも不整脈が出ることがあって」
「なにそれ、大丈夫なのか? 病院とかは」
「特に日常生活に不便はない程度なんだが、一応病院にも行った。何ともなかったが」
「へー、なんか心配だな。体は大事にしろよ」
「ああ、ありがとう」
そう笑って返事をするものの、未だに心臓は挙動がおかしい。箸をおき、ためしに胸元にてのひらを押し付ければ、いつもより脈が速かった。なにか運動をしたわけでもないのに、なんだというのだ。
しかし病院での検査結果は健康そのもの。心臓に何の異常もないどころか、全身あますことなく健康だった。健康管理は気を使っている方なので当然と言えば当然だ。
だが原因が分からない病というのは意味もなく恐ろしく感じる。困ったものだと顔を上げれば、未だにジンソクがこちらを見つめていた。
「本当に大丈夫か?」
「勿論だ。今は原因を探るべく、どういう時に不整脈が出たかを記録していっている段階だし。暫くしたらまた病院へいく」
「ふーん、それならいいけど」
「今のところ夜に出ることが多いんだが、疲れだろうか。そういえば君が来る日になることが多い気がするな」
「は?」
思いだしたら気になってきて、記録をつけているノートを棚から引っ張りだした。ついでに今日の現在時刻をかきこむ。本日は不整脈有り。
ぱらぱらとノートをめくれば、ジンソクが茶碗を握ったまま移動してくる。となりに座ると頭が寄せられ、書き込まれた文字を覗きこまれる。思わず少しだけ体を引いた。それをジンソクが視線で追い掛けて来たものだから、慌ててノートに視線を下げる。
「ほら、大体夕食を食べている時だし、この日もこの日もは君がきている」
「俺がいつメシ食いに来たか覚えてんの?」
「覚えるだろ、それくらい」
「ふうん。そんで、今日も不整脈」
「現在進行形だな」
「あー、そ……」
なんとも歯切れの悪い返事をすると、ジンソクは茶碗の中の残りをかきこみ始めた。手を伸ばし皿の上のおかずを掴み、それも口に入れる。最後に湯呑の中身を流し込むと、パチンと手を合わせた。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした」
「そんじゃ寝室行こうぜ」
「寝た方がいいということか? そこまで調子が悪くはないぜ」
「いや、うーん。まあいいや行けば分かるって」
「せめて食器を片づけさせてくれ」
「後でいいってほら早く、いいから」
拒否は聞き入れられず、半ば強引にジンソクの手に引きずられていく。それにしても本当にジンソクは満腹度合いとポテンシャルが一致するタイプだなとしみじみ思った。

何かおかしいなと気付くのは、その後寝室に引きずり込まれ布団に投げ飛ばされ、ジンソクがその端に膝を付いた時になってだ。
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