秘密の扉

(ロキオズ)

 

 

 
不意に目を覚ませば、まだ部屋の中は真っ暗闇だった。
薄ぼんやりとした夜の暗がりの中で起き上がる。枕元に置かれている時計を引き寄せてみれば、時刻は深夜の二時だった。まだまだあまりに夜中。眠りなおそうと寝返りと打つけれど、少し目が冴えてしまっていた。
なんだかこういう気持ちは久し振りだ。眠れなくて夜中に起きる。そもそも眠りに付けない。そう思えば近頃は良く眠れていた。柔らかなベッド、かわいい部屋、不器用な愛情、それから家族。
一思いに起き上がり、ベッドから足を外へ滑らせる。もこもこのスリッパに足を押し込む。このスリッパも、今着ているパジャマも、どれも与えられたものだ。眠るだけなのに、こんなにひらひらした可愛いやつじゃなくたって良かったのに。こういうのが好きなのだろうか、あの人は。それとも私が好きだと思って与えてくれているのだろうか、あの人は。
それでも「似合うとおもいますよ」とはにかんだ笑顔を思い出すとくすぐったくて、とっても、悪い気がしなかった。
真夜中の私室を抜け出して、廊下へと出る。キッチンに向かって歩き出す。温かい飲み物でも飲んだら、また眠ることができるかもしれない。
確か開けたばかりの牛乳があったはず。戸棚にははちみつもあった。ホットミルクがいいかも、なんて思いながらぺたぺたと廊下を進む。
窓から月明かりが差し込んでいて、辛うじて前は見える。電気を点けようかどうしようか少し悩んでやめた。この家に住み始めてからそれなりに経つ。暗闇だって歩ける。それでもちょっと心許なくなったら、壁に手をつけばいい。
一階に降りると、オズの部屋の隙間から明かりが漏れてきているのが見えた。
こんな時間だというのにまだ起きているのだろうか。キッチンとは反対方向だけれど、様子を見てこようとそちらへ向かう。そういえば昨日の夜は、あの人が訪ねてきて居たっけ。
あの人。仮面の人。評議会でオズと一緒に働いている人。
ちょっぴり、ううん、かなり怪しい人。
あんまり得意じゃないのよね、でももう帰ってるわよね、と考えながら廊下を歩く。きしりと床板が音を立てた。
度々姿を見るしこの家にも訪ねてくるあの人と、オズが結局どういう関係なのかというのは私は知らない。同僚、って言葉で済ませるにはなんだか秘密がありそうで、その秘密については知らないでいた。
時々悪だくみ、と言った顔をする。あの二人は。
きっと、間違いなく、私やこの家に住む他の家族より、あの人の方が付き合いが長いのだろう。と思うと少し悔しい。
オズの部屋の扉の前まで来てみたけれど、中から音はしない。もしかしたら明かりを点けたまま眠ってしまっているのかも。以前そういうことがあった。
「オズ、起きてる?」
声をかけ、ドアノブに触れる。回そうか、と言うところで声が聞こえた。
真っ暗闇の廊下、扉の縁から漏れる明かりのその隙間から、諭すような声が響いてくる。
「開けてはいけませんよ」
そう囁いた声は、子供に言い聞かせるかのような一音一音をしていて、あまりに穏やかだった。
私は触れていたドアノブから手を離すと、ひらひらした寝巻の裾を握って、離した。それから聞こえるように溜息を吐出す。
「もう二時よ、オズも早く寝てね」
声を掛けると先程と全く同じ声色で「はい」と返事があった。
私は踵を返し、キッチンに向かう。
ひたひたと、静まり返った夜の闇の中を、壁の感触を頼りに進む。
先程触れたドアノブの手応え。鍵は掛かっていなかった。
「全く悪趣味なんだから」と離れたところで呟く。
聞かれたくないことがあるなら鍵を閉めておけばいいのに、あの人。