いつかもしものクリスマス

(ライルとサンタ)
 
 
 
 

 バイクを走らせていくと、穏やかな春の陽気は徐々に薄れ、冬の風が吹き始める。ぐんと気温が下がり、青い新芽の色は消え失せ、雪がちらつき始めた。
 音を吸い込む澄んだ空気が、鼻先を冷やす。一旦バイクを止め、荷物から外套とマフラーを取り出した。着込んで埋もれて、再びバイクに跨る。
 一年ぶりの冬が身に染みた。吐いた息がマフラーの中でぼやける。
 もっと早くに外套を着るのだったと呆れた。どこか店に寄り温かな飲み物を仕入れようにも、辺りには何も見えない。ちらつく雪が吹雪へと変わらないことだけが幸いだった。
 あるところでバイクを停める。
 エンジンを切り、荷物を肩にかけた。広々と何もない景色が、随分と向こうの方まで続いている。元から何もない場所ではあったが、聖王処刑の地という肩書が加わってからというもの、余計に何も近寄らなくなっていた。
 もとより聖夜街は静かな場所だ。
 雪の降り続く土地を進む。雪を踏むたびにぎゅっという音が立つ。それがとても大きな音のように耳に届いた。
 他には何の音もない。雪が静かに降り続くばかりだ。
 いつ来ても雪が降っているように思う。晴れていることも、ないことはない。だが雪が溶けることはない。溶けずに降り続くくせに、嵩は変わらない。去年と変わらない。あの、あの日に見た景色とも、寸分たがわない。
 降った雪はどこへ消えていくのだろうか。そのくせ足跡は残り、いつしか埋もれる。時が停滞し進まず、ずっと同じ景色を保ち続けているようでさえあった。
 白い息を零しながら進んでいった先に、人影が立っていた。白くぼんやりとしたシルエットは、こちらに背を向けたまま動かずそこにある。かつての処刑所に佇むその姿も、去年と、あの日と変わらない。
 近づいていくことに気付かないのか、影は微動だにしなかった。銀色の髪に雪は積もっていない。まだここへ来て間もないのだろうか。ずっといても、怖いものだが。
「よお」
 一年ぶり、と声をかける。
 はっとしたように銀色の頭が動いて振り向き、ライルを見た。薄紅色の瞳が驚いたように見開かれていた。白い睫毛を揺らしながら、瞬きを繰り返す。幾度目かでようやく、改めて現実へ戻ってきたような目をした。
 なんだ、と小さく口元が動く様子が見えた。
「ここに居たのか」
「……おう。そういうお前こそ、こんなところに何しに来たんだよ」
「こんなところだからだろ」と肩をすくめる。「アンタの家に行く前に、ちょっとだけ寄っただけだ」
「ふうん」と、サンタクローズは大して興味もなさそうに、透明な息を吐いた。
 遅れて呆れたように肩をすくめたかと思えば、急に頭をはたかれた。何をするんだ、と眉を吊り上げる。サンタクローズはすぐ目の前でおかしそうに笑っていた。
「積もってるぞ。男前が台無しだな」
「雪くらいむしろプラスだろ」
「言うじゃねえか。まあ、そうかもな」
 けらけら笑った白い指に肩も叩かれる。その度にうっすら白く積もっていた雪がふわふわと舞う。
「それで、なんの用だ」
 問い掛けに、ああそうだったと荷物を開けた。
「一足早いけど、アンタにクリスマスプレゼント」
「……いらねえ」
「そう言うなよ。わざわざアンタのために、選んできたんだ」
「お前毎年そう言ってゴミくれるじゃねえか」
「ゴミとは言い草だな」
 荷物の半分以上を占めていた箱をとりだした。
 淡い色の包装紙で丁寧に包まれ、サテンのリボンが花を作っている。大きさは、かつての聖王が頭に載せていた王冠くらいだ。重さも、それくらい。
 女性にプレゼントを贈るときのような笑みを作り、恭しくサンタクローズの手を取り無理やり抱えさせる。
 きわめて渋い顔をしているくせに、押し付けられるままに受け取るところには可愛げがあった。
 いや、やはり無いかもしれない。悪戯神に愛の告白でもされたかのような表情をしている。黙って立っていれば、雪降る国に住まう妖精の名に恥じない容姿をしているくせに、ここまで台無しに出来るものかと感心した。
「いらねえよ、渡すんじゃねえ」
「そういいながら毎年受け取ってくれるところ、好きだぜ」
「嬉しくねえな……」
 サンタクローズはうんざりと言った様子で眉根を寄せながら、リボンの端をつまんで解く。爪の先で包装紙を適当に破いて箱を開けた。繊細さの欠片もない仕草だった。
 箱の中からは竜界のある村で見つけた、伝統工芸品が出てくる。何を模っているのだかさえ分からない、ただただかさばるだけの置物だ。
「……センスワリィ」
「センスがいいものは、他のやつがくれるだろ」
「女好きのキス魔のセンスとは思えねえな」
「そういうセンスは、女性相手につかうんだよ」
 わざとそういうものを選んでいるんだ、と言えばサンタクローズは呆れ返って箱のふたを閉め、脇に抱えた。そして大きく首を傾け、また溜息を吐いた。
「今年は竜界の方に行ってたのか」
「そ。分かるものか?」
「俺はサンタさんだぞ。この手の工芸品がどこの土地のものかはわかるんだ。まあ、欲しいとか言われなくなってきたから、覚える必要もなくなっていきそうだけどな」
「ちゃんと仕事してんだな」
「当たり前だろ」
 サンタさんだぞ、と聞いた覚えがある様なない様な文句を口にした。
「毎年お前がこうして地方土産を持ってくるせいで、部屋が埋まってきたんだけど、どうしてくれるんだよ」
「なんだ、取ってあったのか。てっきり捨ててるもんだと」
 渡すたびにこうして文句を言われるので、さっさと捨てているものだと思っていた。
 去年のツボだろ、一昨年の変なぬいぐるみだろ、一昨々年の。とサンタクローズが指折り文句を言っている。去年のは花瓶だよ、と訂正を入れながら記憶をたどった。
 今まで送ってきた、あれ、それ、どれもが未だサンタクローズの手元にあるらしい。思い出せる限りでもかなりかさばるはずだ。ワザとそういうものを選んでもいた。
 ライルの贈ったそれらで圧迫されていく部屋を思い浮かべると、おかしかった。
「クリスマスプレゼントとか言われたら、捨てらんねえだろうが」
「へえ」
 そういうもん、とにやにや笑えばサンタクローズは目を細めた。手にバットでも持っていたら振り上げていそうな顔だ。
 武器を構える姿、なんてもうずっと見ていない。武器が不要になった世界だからこそか。かといって、プレゼント袋を担いでいる姿も見たことがないののだが。
「俺からお前には、今年もなんもねーからな」
「要らねえよ。ガキじゃあるまいし、サンタさんからプレゼントなんて」
 今まで一度だって貰ったことはない。
 ライルが小さかったころにプレゼントを持ってきたサンタクローズは、目の前のコイツとは別人だ。これからも貰うことは無いだろう。貰う理由だってない。ライルから渡している理由すら、本当はないのだから。
「プレゼントはねえけど、飲み物くらいは出してやるよ。いつも通り家寄ってくだろ」
「いいや帰るわ。用も済んだし」
「んだよ、まあ家には今オヤジしか居ねえから、来ても面白かねえだろうけど」
「じゃ丁度いいな」
「でも冷えてるだろ。息白いぞ、それに鼻も赤くなってる」
「だからさっさと帰るさ。じゃ、また正月明けたころに来るわ」
「マジでこれ押し付けに来ただけかよ。変な奴だな」
 アンタに言われたくねえ、とサンタクローズの肩を叩く。
「そんじゃ、仕事頑張れよ」
「おー。つか、なんで毎年この時期と正月明けに来るんだ?」
「意味なんてねーよ。どうせ年末年始は天界に顔出すからな、ついでだ」
「ついででこんな仰々しい嫌がらせ持ってくんなよ」
 肩をすくめる。「まあ」と口に出しかけてやめた。
「なんだよ」とサンタクローズが不服そうに眉を寄せた。
 荷物を肩に掛け直し、顎に手を当てて考える。
 そして一歩距離を詰め、サンタクローズの肩に手をかけた。不意打ちで冷たい頬に唇を押し付ける。当然のようにサンタクローズはぎょっとして飛び退いた。
 予想通りのいいリアクションに、肩を揺らして笑う。
「何すんだよ!」
「男相手に唇は狙わねえから、安心しろって」
 牙をむくかのような勢いのサンタクローズの顔を、改めて眺めた。じっと。

 アンタが死んでいないか確かめに来てるんだ。
 というのは、俺が死ぬ前の年にでもなったら教えてやろう。

 
 
 
(お題箱:ライルとサンタクローズの墓参りみたいなお話)