おはようとは言いましたが

(アキバズビアサミズ:本編中のどこかの時間)
 
 
 
 
 

 何故だか体が重たいな、と思い目を覚ました。
 うっすらと開けた瞼の隙間から、強烈な日の光が差し込んできた。思わず目を閉じる。光の強さから判断するにもう昼だろうか。
 しかし何故。昨夜はカーテンを閉めて眠ったはずだ。閉めなければ窓から差し込むライトが眩しく、眠ってなど居られない。だから、間違いない。カーテンは閉めた。
 ところで、起きなければならないだろうか、と瞼を固く閉じたまま考える。
 きっと起きた方が良いのだと思う。なにせ何故かカーテンが開いているのだから。また鍵を閉め忘れ、誰かが入ってきたのかもしれない。仲間の誰かならいいが、そうでなければ一大事だ。
 だが、侵入者ならカーテンを開けるような真似はしないのではないか。空き巣にしろ何にしろ、悪事を働くならば暗い方がいいと決まっている。
 あれやこれやと脳内で二度寝の理由を探す。どうにも体が重い。だから眠っていた方が良いに違いがない。
 それにどうせ、もう直に起きなければならなくなる。今日も今日とて、何度目かの日曜日とて、待ち合わせがあった。今日は何をするのだったか。何の聞き込みだっか、どこの妄想宮に潜るのだったか。
 考え事ははかどらない。言い訳はするするとつながっていくわりに。
 それでも次第に脳みそが覚醒してくると、そもそも何故体が重たいのだろう、という疑問にぶつかった。体がだるい、疲れが取れない、そういうものではなく、もっと物理的な重みのような気がしてきた。
 体の上にあるものは毛布一枚のはずだ。毛布一枚がこんなに重たいわけがない。それに、重みは下半身に集中していた。確かにこのところ、捜査と探索で疲れて、帰ったらシャワーを浴びてバタンと倒れるように眠るだけ、という生活を送っていた。ご無沙汰だったと言えばそうだ。
 いや、まさか、それか? と目を開ける。それは困る。部屋に上がり込んでカーテンを開けたのが、もし女子メンバーの誰かであったとしたら。それはもう目も当てられない状況になりかねない。毛布をめくったらそこには、などと言う事態になったらあまりに居たたまれない。
 脳が急に覚醒し、がばりと上半身を起こす。毛布が捲れる。
 何故かミズキと目が合った。
「おはようアサヒ」
 そう見慣れたいつもの顔が言うので、つい「おはよう」と返事をしてしまう。
 習慣とは怖いものだ。混乱を極めるべきところ、馴染みのやり取りのおかげで落ち着いてしまった。日常の一部として処理を行いそうになる。
 だが全く、そのような状態ではない。
 部屋に居たのがミズキならば、カーテンを開けてくれたのもミズキだろう。この状況ならば全く、これっぽっちもおかしくはなかった。「もう、また寝坊して。あれほど言ったのに」とか言われるなら、それこそよくあることだ。
 とはいえ、この頃はミズキが部屋まで訪ねてくることは少なくなっていたが。外に待ち合わせ場所を指定することで、アサヒを無理やり家の外へ引っ張り出していた。けれどまあ、たまには来るよな。という状況ならばよかった。
 問題は、先程から感じていた体の重みの正体はミズキだった、ということだ。つまり、下半身に乗っているものがミズキだ。
 一度ゆっくりと瞬きをする。視界を閉じ深呼吸をし、目を開く。再びミズキを目が合った。アサヒの丁度、股間の上あたりにあるミズキの瞳と。
「ミズキ……さん?」
 驚きのあまり、さん付けで呼ぶ。ミズキは「そうだよ」と首を傾げた。変なことを聞いてどうしたの、とでも言いたげだ。
 アサヒとてさすがに、飽きるほどの時間共に居ようとも、全く飽きず過ごしている幼馴染の顔を、見間違えたりはしない。そっくりな姉はいるが、性別が違うこともあり勿論見分けがつく。ミズキが女の子になったらこういう顔だろうな、と思うことはあるが、それはそれだ。
 昔は三人でもよく遊んだ。ハヅキに無理やり女装をさせられ、どっちがハヅキでしょうゲームに付き合わされた、幼き日のミズキのことも思い出される。何故だか記憶が走馬灯のように駆けていく。
 それもこれも、アサヒの太ももを押さえ込むように乗り上げ、太ももの付け根で頬杖を付いているミズキという現実に理解が追い付かないせいだろう。
 長い付き合いではあるが、ミズキは節度ある人間なので、このようなハプニングに見舞われたことがなかった。こんな、寝起きドッキリじみた出来事はなかった。
 一緒の布団で眠ったことはあるが、そういう時は「そっちに行ってもいい?」と聞かれていた。それもさて、一体どれほど前のことだろうか。
「あのさアサヒ」
 急にミズキが深刻そうな声をして、視線を逸らした。空の色をした瞳がベッドサイドを見る。
「どうかしたのか」
 何かあったのか、と釣られて真剣な声がでる。この状況にも何か意味があって、寝起きドッキリなどではないのか。今日は何が起きたのか、どんな妄想宮が現れたのか、なにが始まったのか。
 息を飲む。暫くしてミズキの視線が戻ってくると、下に降りた。
「言い辛いんだけど、勃ってるよ」
 ミズキの視線を追いかけた先に、やんわりと主張する盛り上がりがあった。
 居た堪れないあまり、このまま毛布をかぶって二度寝をしようかと思った。眠ってしまえばいいのではないか。むしろこれは夢なのではないか。
 ミズキと全くそういう話をしないわけではないが、寝起きに勃っていると指摘されて、そっかそっかで済むほどでもなかった。流石に恥ずかしい。じっと見られているものだから、余計に。
 というか、どうして凝視されているのだろう。見られると余計に意識が集中して、自然に鎮まるのを待つどころでもなくなってしまう。すぐさまやめてほしい。
「あのさ、ミズキ、ちょっと降りてくれる……?」
 処理するなりなんなりするにしても、退いてもらわなければ始まらない。恥ずかしいので勘弁してください、という声で、そうひねり出した。だというのに、ミズキは盛り上がりを指でつついた。
「あっ、ちょっと、まっ」
「せっかくだから、抜いてあげるよ」
 そう言った指先が、スウェットを下げようと引っ張った。腰のゴム部分に指がかけられ引っ張られると、下着の色が見える。
「待てって!」
 慌てふためきミズキの手を握って制止する。きょとんとした表情で見上げられた。
 今にも幼馴染のパンツをずり下げようとしていた奴の顔には、とても見えない。お皿洗っておくね、と台所に立とうとしたところを引き留められたかのような顔だ。もしかして皿洗いと同等の気軽い行為だっただろうかと考えるが、絶対に違う。
「なんで?」
 そう尋ねたのは、それ以外に言葉が見付からなかったからだ。
「なんでって、勃ってるし。このままじゃ外に出られないでしょ」
「いや、うん、そうだけど。……え?」
 そうだっけ、そうかもしれない、いやそんなことはないと思うのだが。
 思考が果て無い宇宙に飲まれ、何も浮かばなくなる。もしかして疲れているのだろうか。これは夢だろうか。幻覚だろうか。妄想、だろうか。
 誰の。と言葉が思い浮かぶ中、玄関の扉が開く音が聞こえた。そして慌ただしく踏み込こんでくる足音が一つ。
 今度は誰なのだ。堂々とした入りっぷりからして、仲間のうちの誰かだとは思う。だが、今、この状況をみられることは、とてもとても不味い。それくらいは分かる。
 だというのに未だミズキはのんきな顔でアサヒを見ている。色々誤解を招くのはお前も一緒だというのに。幼馴染だし、で許される範囲のことなのだろうか、これは。
 しかしどうすることもできないまま、足音は短い廊下をあっという間に走り終えてしまう。大変だ大変だ、という感情だけがそこにあった。体はそれに全く追い付いてこない。人影が視界に増える。
「アサヒ!」
 そう叫ばれた声は、ミズキのものだった。視線の先に、焦った表情のミズキが居る。ミズキが居た。
 目が合うと、ミズキは安心したように肩から力を抜き、表情を緩めた。
「良かった無事だったんだ……、アサヒの家に入って行く僕を見たってレイジさんに聞いて……もしかしてまた誰かの妄想でとか、アサヒに何かあったらどうしようって……でも、見間違えだったのかな」
 どれほど慌てていたのか、切れた息を整えながら、ゆっくりとミズキが歩んでくる。
 歩んでくるミズキが居て、ではこの、パンツを下ろそうとしてくるミズキはなんなのか。何故だか冷汗が出てきた。
「ええっと……?」
 説明すらできず、眉根を寄せる。頭痛がしそうだった。眩暈はとっくにしている。
 歩み寄ってきたミズキが、アサヒの不自然な体制に気付く。ふと視線が下ろされる。そしてアサヒの上に寝そべっているミズキが振り返り、二人の目が合った。
 瞬間、アサヒを押さえつけていた重みが消える。薄い煙が散るように、何もなくなってしまった。
「え」と言う言葉が二人分重なった。
 訳も分からぬまま、必然的に遺された本物のミズキと目が合う。
「なに……今の」と問われてもアサヒにも分からない。
「……妄想?」
「だれの」
「さあ……?」
 こんなにもミズキと居た堪れない空気になったことが、過去にあっただろうか。喧嘩をして殺伐としたことはあったが、これは無かったと思う。長く付き合ってきてもまだ初めての出来事があるものだ、とのんきに感心してしまった。全くそれどころではないというのに。
「僕、だったよね」
「おう」
 同じベッドに居たという微妙な状況を目撃し、され、動揺しているのはお互い様のようだ。
 だが二人が何をしていたのか分からないという点では、ミズキの方が気が気でないだろう。何をしていたわけでもないが。何をされそうになっていたかは、内緒にしておいた方がいいに違いない。
 はっと思い出し、急いで毛布を戻そうとしたが遅かった。
 ミズキの視線が股間に向いていた。言い訳でもした方が良いのか、この話題には触れない方が良いのか分からない。どうしたものかと、目の前が真っ暗になりそうだ。
 アサヒの股間の状況に気付いたようで、ミズキがはっと顔をそむけた。うっすらと頬が赤い。恥ずかしさに追い打ちがかけられるようで、あまりに居た堪れなかった。
「え、と。済ませてからおいでよ。僕は、外で待ってるから」
 じゃあね、と背を向けられる。こちらの返事を待たずミズキは真直ぐ、最短距離で外へと出ていった。扉が閉められた音が聞こえた。
 一人残された部屋で視線を落とす。この隙に萎えてくれていたらどんなに良かっただろう。
「いやいや」
 唸り頭を抱える。
「何で抜けばいいんだよ」
 ミズキの顔しか思い浮かばない、この状況で。

 
 
 
 
 

(お題:アサヒとミズキが少しどうにかなってしまう話)