(F組男子)
学生の放課後は忙しい。
部活動に勤しんだり、委員会や生徒会活動に勤しんだり、恋したり友情築いたりだらだらしたり、まあ何かと忙しい。
そんな忙しい放課後。人気の少なくなった教室の、綾時の席を順平たちは取り囲んでいた。
綾時の隣が順平。その順平の向かいが友近。で、綾時の向かいが深月だ。
机の上には山盛り、とまではいかないがそれなりに沢山の菓子。一人500円の予算で4人集まればまあこんなものだろう。早速順平は菓子の封を片っ端から開けていく。
「それじゃー友近君の失恋パーティーを始めたいと思います、はい拍手!」
順平の音頭に乗っかって綾時がにこにこと手を叩いた。
深月は我関せずと菓子を選んでいる。そういえば何かと多忙な様なこいつが捕まった事にも今更ながら少しびっくりだ(友近曰く、昼休みに声を掛けておけば捕まる可能性がぐっとあがるらしいが)
「ちょっと待てよ順平。そんな結構前のネタ引っ張り出すなって」
「でもこういうのって開会の言葉、みたいなのあった方が盛り上がりやすくね?」
「だからってそれ夏の話だぞ……いい加減勘弁してくれよ。せめてここは望月の歓迎会とかだろ」
「残念! そのネタは先週使用済みでした!」
「……何か腹立つな」
「エミリ先生だっけ? 優しげな目元で色っぽい口元をした女性だったんでしょ、僕も一回お会いしてみたかったなー」
女性の話題とあればすかさず綾時が会話に割って入った。既に学校を辞めている先生の情報までどこで仕入れてくるんだと友近は目を瞠った。
「そういうのどこで聞いてくるんだよ」
「え、深月くんに聞いたよ」
「おい緒張っ」
「俺は垂れ目で口が半開きって説明した筈だけど」
「……喋るなら喋るでもっとちゃんと説明しろよ。しっかしそっからあれだけ誇張表現できる望月も望月だけどさ」
聞いたままのイメージで話したんだけどな、と綾時は首を傾げた。
友近はもうこの二人にとやかくいっても仕方ないか、とため息を一つつきさっさと菓子に手をつけた。マイペースコンビにツッコミを入れ続けるのは中々重労働だ。
順平はさり気無く開けた菓子を綾時の机、まだ開けてない菓子をその隣の机に一旦分類していった。万が一食べきれない、という事態を想定して。食べ切れなかった場合は明日へ持ち越しだ。
そういえば綾時の隣の奴はいつも放課後直ぐにいなくなる。というか放課後に教室に残っている奴と言うのは大体決まっている様に思う。港区に詳しいあいつとか、女好きなあいつと大変だよねが口癖のあいつとか。まあ見慣れた奴らだ。
良く見れば今日もそんな感じのメンバーが残っている。順平達の集団が騒がしい事がいつもとは少し違うところだろうか。
「でも本当にこの学園の女の子はかわいい子が多いよね。声を掛けるの追いつかないよ」
「おいおい綾時君。もしや君は何か勘違いしているんじゃないか……」
「え? 何何?」
神妙な顔をして言うと、綾時は少し身を乗り出した。「僕何か変なことしてるかな?」
「可愛い女の子を見たら声を掛けないといけないという法律は無い」
「やだな、知ってるよ?」
綾時を見ているとまるでそれが国民の義務であるかのように声を掛けまくるものだから何か重大な思い違いをしているのでは、と思ったが流石にそんな事はなかった。というか軽いコントのノリで吹っかけた話題を真面目に返され少し淋しくなる。
「まー確かにこの学園の女子のレベルは高いな。ただし高すぎて高嶺の花過ぎるところもある」ま、俺はガキには興味ないけど、と友近。
「確かになー。桐条先輩なんて高嶺どころか天上人クラスだしな」
憧れる人間は男女問わず後を絶たないが、恐れ多くて手も出せない、というか見向きもされない。異性として。
そしてその美鶴を素早くナンパした綾時も相当な奴だ。
「岳羽さんも人気あるけど難攻不落だし。あとー」
校内で人気のある女性との名前を挙げ連ねていく。興味ないという割りに友近も意外と詳しい。風花の名前も勿論挙がっている。上級生下級生問わず名前が挙がっていく中、深月だけが頬杖を突いて菓子をぽりぽりと食べている。順平はその深月を見た。
「で、その高嶺の花要員全員と親密な深月にもびっくりだ」
「全くだ」
「どうやればそんなホイホイ親しくなれるんだか……分からん」
知り合いが多いという事はそれなりに声を掛けているはずなのだが、綾時ばりに声を掛けまくっている様子もない。のに妙に顔が広い。校内校外問わず老若男女問わずだ。
深月とそれなりに親しいつもりだったが、この辺り未だに謎が多い。
「ねえねえ、そんな深月くんはどんな子がタイプなの?」
綾時が興味深深ですと言わんばかりに身を乗り出して尋ねた。問い掛けられた深月は対照的にきょとんとしている。
「だってそんなに親しい女の子がいっぱいいるのに特定の相手の話し聞いたことないよ」
「確かに」
胸は大きいほうがいいかどうかとか、そういう少々下世話な話しは転校直後にちょっとしたが、特定の誰がどうの、という話しはしたことがない、かもしれない。
「ねえねえどうなの深月くんー。みーなー」と、と続けようとした綾時の口にはプリッツが差し入れられた。深月の手で。口に物が入ったことで喋ることが出来なくなった綾時は驚きながらも大人しくそれを食べた。
口の中が空になるとまた続きを喋ろうとするので次はポッキーを食べさせる。あれだけ良く喋る口が閉じられて菓子をもそもそと静かに租借している。目はきょとんとしているが実に大人しいものだ。
(なんか、面白い)と深月は思いながらポテトチップスをスタンバイする。そして綾時が喋ろうとする度に菓子を口に入れる。
「で、深月的には誰が一番好みなわけよ」
「え?」
「……てかさっきからお前ら何してんの」
順平が問い掛けた時、深月は丁度綾時の口にマシュマロを詰め込んでいるところだった。
友近と二人、隣で繰り広げられるそれをあまり気にしないようにしていたが、どうしても気になる。どんどん菓子を食わせる深月と大人しく食べる綾時。良く喋る綾時が封じられたこともあって、四人の空間が少し静かになったことも要因の一つではあるが。
まあ気にしないほうが無理だった。
「だから、何そんなに綾時に食わせてんの? って」
深月はきょとんとした後少し考え、
「何か、可愛くて」と真面目な顔をして答えた。
これに皆が衝撃を受けたのは言うまでもないが、一番ダメージを食らっていたのは綾時だった。さっと顔を隣のを順平に向けた。目は見開いていて瞬きは多めに繰り返している。
「お、お前……人を赤面させる側の綾時を赤面させるってどんだけだよ!」思わず順平は叫んだ。
言えば口が痒くなる様なセリフを呼吸するように吐いて女子を赤面させる綾時。その綾時が照れている。赤面している。
口に押し込まれていた菓子を一生懸命租借し嚥下すると、おずおずと深月を見た。
「……今のは卑怯だよ……。君はいつもこんなこと人に言うの?」ちょっと拗ねている様で口を尖らせている。
「いや……綾時が初めて」
「お前! クリティカルからの追撃って! お前!」
ついでに言うと高確率で魅了付着も付いてるんじゃ。隣に座っている綾時は絶賛ダウン中だ。顔を両手で覆ってうずくまっている。
あんなに恥ずかしいセリフを恥ずかしげもなく言える奴が本気で照れている。順平は驚きすぎて天を仰いだ。
無自覚って怖いぜ。
深月はしでかした事の重大さに対する自覚がないらしく、箱から引き抜いたポッキーを綾時の目の前でちらつかせている。
ちらちらと動く物の存在に気付いて綾時が顔を覆っていた指の隙間から見上げた。猫じゃらしをちらつかせられて、じゃれていいものか警戒している猫のようだった。
それを分かってかどうか、深月は首を傾げた。
「もう食べないのか?」
「……う、いただきます……」
ぱくりと手からポッキーを食べた綾時に、深月は満足そうに少し笑った。
「甘い」
友近はポテトチップを食べながらそう呟いた。全くだ胸焼けがするぜ。
こいつら付き合ってるかなんかだったか。いや、違う。はず。
しかし何か餌付けっぽくね? と呟けば、全くだ、と友近は頷いた。