(爆轟/ワンライ)
これは相当キてるな。
ふいに気付いてしまったのは、待ち合わせ場所に立っていた時だ。
二年生もとっくに半分が過ぎ去り、吹いてくる風は随分冷たくなっていた。クラスメイトの大半は日々忙しなくインターンへと出かけており、爆豪も例外ではなかった。
見上げた空は真っ黒だ。街灯の光に遮られ、星など微かにしか見えない。
スーツケースを握る指先が冷える。これ程冷え込むならば、駅の中で待っているのだった。
舌打ちを一つ零し、メッセージアプリを立ち上げる。轟宛てに送った「3番出口から出たとこ、右のコインロッカー横」というメッセージには既読がついていた。
今更場所を変えることも面倒だ。それに、駅の中にはろくな目印が無かったがために外に出たのだ。
アプリを落とし、ブラウザを立ち上げる。駅名から飯処を検索する。冷えるから何か温かいものが食べたいものだ。羅列される情報に目を滑らせる。
幾つか目星を付け、顔を上げる。会社帰りだろう人間が忙しなく通り過ぎていく。爆豪と同じように立ち止まっている人も居るには居るが少ない。寒いからさっさと帰りたいのだろう。
は、と吐き出した息がうっすらと白く煙ったことに引く。
爆豪も本来ならばさっさと寮へ帰っているところだった。だがふと思いつき送った「もう帰ってるか」というメッセージに「今終わって出るところだ」という返事があったがためにここに居た。
互いの居場所の中間地点で、寮からは少し離れている駅。寮に近いと見知った顔に見つかる可能性がある。そしてこの駅が最寄りになるインターン先の奴はクラスメイトには居ない。邪魔が入る可能性は少ないという訳だ。
検索結果を閉じ、ニュース記事へ飛ぶ。今日もヒーロー絡みの記事が半数を占めている。一つ一つ目を通していると、風が吹き付け寒さにくしゃみが出た。
「遅ぇ」と吐き捨て首を竦める。
到着時刻を連絡させるべきだった。こちらからは何分着の電車に乗ったと連絡をしたというのに、轟からの返事は「俺もそれくらいだ」というざっくりしたものだった。全然それくらいじゃねえじゃねえかと眉間にしわが寄る。
だがそれで待つのを止めるわけでもないのだから、どうしようもない。
遅れてくる奴が悪いのだからと見捨てていく性質の爆豪が、こうも大人しく立っているのだ。
そして何より、待つことも悪くはないものだ、などと思ってしまったのだから、キてんな、としか言いようがない。
だがここに立っていれば、轟が探しにやってくるのだと思うと、やはりそう悪い気分ではなかった。
少し急いだ様子で足早に、色違いの瞳をきょろきょろと彷徨わせ、こちらの姿を見付けた時に「あっ」と目を開き。それから。
丁度そういう顔をする。
と、今まさに現れた待ち人の姿を見詰める。
「悪ぃ、遅くなった」
「遅れんなら連絡入れろや」
「時間通りには付いたんだが、出る改札間違えて迷ってた」
「それこそ連絡しろや!」
ぐわ、と詰めよれば「お」と仰け反った。
凄まれることにも慣れたのか、言葉ほど苛ついていないことを見抜いているのかは定かでない。元々あまり顔に出ない奴だ。
それでも歩き出した爆豪のとなりへ駆け寄ってきて、ゆるりと目元を緩めるその表情は分かり易いものだから、全くズルいやつだ。
「見付けられて良かった」
「……位置情報送信しろやカス」
「お、その手もあったな」
形だけ呆れて見せるが、ゆるゆると緩んだ横顔が目に入るとどうでもよくなってくるのだから恐ろしい。
並んで歩くために邪魔になるスーツケースを持つ手を替え、こちらに寄ってくる。どこまで意図してやっているのだか知れない。
振り回されるのは性に合わない。ムスリと表情を歪める。惚れた弱みを最大限活用され振り回されているような気がしてくるのだから腹立たしい。
当人は「今日寒いよな」とのんきに空を見上げている。雲一つない綺麗な夜空なので、明日の朝も冷え込むのだろう。
「で、食いてぇもんはあんのか」
「流石に寒ぃからあったけえもん食いてぇな」
「温かくない蕎麦が好きとかいうやつでも、んなこと思うんだな」
「おお、でも蕎麦なら温かくねえほうがいいな」
「んじゃ蕎麦意外な」
「ん」
分かった、と轟きが頷く。
分かったというより任せたじゃねえのか、と思いながら赤信号で立ち止まる。しかし全幅の信頼を勝ち取るのは気分がいい。
本来ならば寮に戻って料理を作って食べさせる方が理想なのだが、寮に戻れば必ず誰かと鉢合わせる。
轟と二人になること自体、随分久しぶりなのだ。誰かに邪魔をされてはたまらない。ただでさえインターンと学業で忙しい。次にこのわずかな時間が重なるのはいつだか分からない。
ふと視線を感じ顔を向けると、轟がこちらを凝視していた。
「んだよ」
「いや、久々だなと思って。爆豪と二人きりって」
同じことを考えていたことに心臓が跳ねるが。だが表には出さない。若干眉間にしわが寄ったが、それぐらいはいつものことだろう。どうせ轟は「変なこと言うんじゃねえ」とか思ったと考えているに違いないのだから。
「インターン、忙しいもんな。爆豪寝るの早ぇし、寮だと誰かいるだろ」
「まあな」
だからこうして待ち合わせてんだろうが、と視線を向ける。
轟は変わりそうな信号機を見ていた。
「寮に帰ると、みんないるだろう。みんないると、みんなと居てぇなって思うんだ。みんなもインターンで忙しいし、学校行ってる間は放課しか喋れねぇし」
信号が青になり横断歩道へ踏み出す。
こいつは喧嘩でも売ろうとしてるのか、と片眉を吊り上げる。何が言いてぇんだ、と横断歩道を渡り切った先で顔を覗き込み睨み付けるも、予想外に轟は笑っていた。
笑い声でも零れて来そうな表情で、爆豪を見て、そして急かすように腕を掴んだ。
「みんなとも居てぇけど、爆豪と二人にもなりたいんだ、忙しいな」
間抜けなことに、おお、という気の抜けた返事しか出来なかった。
本当にこいつは分かって言っているのか知れない。思うままに言葉を口にするやつだ。いちいち真剣に向き合っていては心臓が持たない。轟焦凍という人間は恋人にしておくにはなかなか恐ろしい奴だった。
「でも今日は爆豪と二人だけだから、いいな」
分かり易く浮かれている横顔を見せられる、こちらの身にもなれ。
掴まれた腕を大きく振り払う。
「テメェ、勝手に歩いてくが行先どこか知ってんのか」
「お」
知らねぇ、と轟が笑った。またどうでもよくなる。
これは相当キてんな、と己に呆れた。