とても眠い。
体に力は一ミリも入らなくて、ふわふわとしている。柔らかで果てしないまどろみの中。寝たり覚めたりを繰り返している。どれだけ寝ても寝たり無くて、瞼は落ちてくる。瞬きさえも力が入らなくて緩やかに。呼吸も静かに最低限。
少し、無理をしたせいだろうか。最後の一時は持って一ヶ月と言われた。けれど一ヶ月と数日も踏ん張った。一月三十一日よりも必死だったんじゃないか、というくらい。意地と気力で持ち堪えた。なんて、自分らしくない。
あの、最後の日。約束の日は動くのも必死で、殆どアイギスに支えられていたも同然だった。けれど、なんとか約束は果たした。心残りは無い。少しだけ淋しいけれど、晴れやかであった。
最期に見た、アイギスの瞳と、快晴の空が同じ色をしていて、とても綺麗だった。
皆はどうしただろうか。悲しい思いを、させてしまっただろうか。荒垣が居なくなった時の様に、美鶴の父が居なくなったときの様に。誰かが居なくなってしまう恐怖は、自分が良く知っている。両親が死んだ時、ファルロスが消えたとき、綾時が、出て言った時。知っていて、あの悲しみを押し付けてしまうのかと思うと、心が痛んだ。でも、みんな乗り越えてくれればいいと切に願う。荒垣の時のように、美鶴の父の時のように。
「皆は大丈夫だよ、進み出したみたいだ」
そっか、それならよかった。
柔らかに振ってきた綾時の声に安心する。
綾時の腕に抱えられながらふわふわと眠っては、また少し目を覚ましてを繰り返している。眠ってばかりで力の入らない体を、綾時はずっと支えていてくれる。いつ目を開けても、綾時が居る事に安心する。
綾時の傍に居ると、無性に安心するのだ。というよりかは、離れてしまうと何かがかけてしまう。生きていた時からそうだった。傍に居ないと、やけに苦しい。それは十年も共にあったからかだろうか。ずっと、一番隣に寄り添っていてくれたからだろうか。
欠伸を一つ。綾時の胸に額を押し付ける。眠い。
眠いけれど、そろそろ起きよう。
「起きる?」
「……うん」
「おはよう、湊」
「おはよう……」
「もう平気?」
「ん、少し眠いけど、平気」
「よかった」
緩慢な動作で頷くと、綾時が笑っている。柔らかな陽だまりの様に、美しく優しく。ちゃんと、笑っている。よかった。
「そうだ、直ぐ寝たせいでまだしてなかったな」
「何を?」
綾時の肩を支えにぐっと体を起こす。視線を合わせると、首を傾げながらも微笑んでいる。付いていた手を離して、目の前の顔を両手で包み込む。
不思議そうな顔をする綾時ににやりと笑いかける。
「キス」
(2012/10/7発行の本の再録)