(アイ＋ゆか。数年後妄想)
１２月というと、もう随分と冬だ。人工の皮膚を撫でていく風邪は冷ややかで、このムーンライトブリッジの上はより一層。
真夜中の橋の上には誰も居ない。あの時もそうだった。勿論、橋を降りればそれなりに人の影は見える。けれどこんな、冬の夜中に橋を歩いて渡っている変わり者は少ない。
橋の真ん中あたりまで来たところで私は立ち止まる。橋から見下ろす水面はゆらゆらと流れて、街灯やビルの明かりを反射している。
空を見る。満月は数日前に過ぎてしまっていて、あの時と違って月は欠けてしまっている。
時計を見る。カチカチと秒針が進む。
０時を迎える。
影時間は、訪れない。
（綾時さん、私、思うんです）
機械の私の、思考回路がプログラムから人に移り変わる大きな切欠になったのは、やっぱりこの場所での出来事だったと思う。
幼かった彼に死神を封じたここ。人のふりをした人じゃない私とあの人が全部思い出して向き合ったここ。
沢山あった。どれか一つでも欠けていたなら私はこうして人の心を持つ事も無かったに違いない。私に心をくれた大切な人は、もう居ないけれど。
私はロボットだった。
あの人は死神だった。
そのどちらもに人の心を与えてくれた彼は、きっと人じゃないものに人の心を与えられる存在だったに違いない。
（だから、綾時さん）
（私、思うんです）
（本当はもっと、あなたと仲良く出来たのかもしれない、って）
だって、私も貴方も、彼の事が好きで、彼に心を貰ったのだから。
「あー！ こんなところに居た！」
誰も居なかった橋の上で大きな声がした。聴き馴染んだ声に振り返る。大切な友達が手を大きく振っていた。
「ゆかりちゃん」
「連絡しても出ないし、どこ行ったかと思った」
「え、連絡？」
「携帯に電話したよ？」
着信音も何も気付かなかったけれど。ポケットに入れていた携帯電話を引っ張り出す。携帯につけているストラップは元課外活動部メンバー全員でお揃いで買った大切な物。
「あれ、電池切れてる」
「もー、携帯の意味ないじゃん。あーあ心配して損した」
「ごめんね」
「いいよ。心配したところでアイギスが誰かに攫われるとかなさそうだし」
確かに、心は人だけれど体は機械なので襲われたとしても負ける事はないと思う。
ゆかりは私の隣に並んで、橋の欄干に手を掛け、川を見下ろした。
「もう０時過ぎたよ。こんなところで何してたの」
「何か、してた訳じゃないんだけど……。色んなこと思い出してたの」
兵器として生まれた十数年前。彼とみんなと戦った半年と少し。人の心を得てから、今まで。
巌戸台分寮はもう無いから、ここへ来た。ここにも数え切れない大切な記憶が眠っている。私を作り上げた沢山の欠片。
「ゆかりちゃん、三月三十一日のこと、覚えてる？」
「忘れる訳無いじゃん」
どうしたの、とゆかりが笑う。私も笑い返す。そう、私達は笑える。大切な記憶、って思えるから、笑える。
「あの時、私が無くしてしまいそうになった物をメティスが持っていてくれたでしょ」
「そうだったね」
「私思うの。おんなじ様に、彼が無くしてしまったもの、綾時さんが持っていてくれたんじゃないかなって」
彼から、聞いたことがある。デスが綾時さんになるまでの間に、ファルロスという子供がいたこと。ファルロスはずっと彼の側に存在していて、ファルロスが居なくなって変わりに綾時さんが生まれたって。
「十一月以降、深月さん、何だか表情豊かになった気がしなかった？」
「うーん、言われてみれば……。なんか、考えてること分かりやすくなったなーって思ったことあったかも」
「メティスが私に返してくれたように、綾時さんと一緒に居ることで深月さんに感情が返っていってたのかも。って思うの」
あの時の事故で両親を亡くし、デスを封じられ、親戚中を転々とすることになった彼。どうでもいい、って口癖のように言う彼。少しだけ、人との距離が遠い彼。
そんな彼が、十年間の間に無くしていってしまった物が、感情表現や誰かに寄り添い心の隙を見せる術、だったのではと思う。
彼は誰かの傷の側に居てそれを癒す手伝いをしてくれたけれど、彼自身の傷を見せてそれを癒す手伝いはさせてくれなかった。弱みを見せて、甘えてはくれなかった。あまり、感情を表に見せてはくれなかった。
「綾時さんが転校してきてから、笑ったり怒ったり、表情豊かになった気がするの。きっと、綾時さんが深月さんの中にいた時、深月さんが無くしてしまったものを抱えていてくれて、一緒に居ることで少しずつ返していってくれたんじゃないか、って」
彼の感情を抱えていたから綾時さんはあんなもに表情豊かで、明るかったのかな、って。
そう思うの。
「アイギス、そんな事考えてたの？」
「変、かな？」
「変じゃないよ。でもあんなにダメであります！ って言ってたでしょ。だからちょっとびっくりっていうか」
どっちかていうと敵対意識のほうが強いんだと思ってた、とゆかりは言う。
「だから、原因のデスの事がなかったら。本当はもっと綾時さんと仲良くなれたのかも、って」
「えー、どうして？ どっちにしろ恋敵みたいなもんじゃない」
「そうなの。私も綾時さんも、彼の事、大好きだったもの」
だからきっと似たもの同志だったの。
だからもっと、分かり合えたと思うの。
私は笑う。ゆかりは驚いて、それから噴出すように笑った。「彼、こんな素敵なアイギスを置いて行っちゃうなんて、損したよ」
「ふふ、そうでしょう」
今日は十二月二日。
少し辛いけれど、きっと、とても大切な日。
私が、人になる為の大きな転機を迎えた日。
「深月さん、今どうしてるのかな」
「ニュクスのところなのかな。そうしたら、綾時君と一緒？ ってことになる？」
「それなら、嬉しいな。彼が一人じゃないなら」
「良いのー？ 綾時君が独り占め状態じゃない」
「良いの。大切にしやがれ、であります」