(爆轟/爆豪くんおたおめネタ)
二十時三十分。
「今から少し行っても良いか?」
そう送ったメッセージには驚くほど早く返事があった。
「おー」
短い一言と、少し遅れての「部屋にいる」という言葉。
駄目だといわれなかった。
部屋に居るということは、今は他に誰も居ないのだろう。なら今のうちだと、テーブルの上に置いていた小さな箱を持って部屋を出る。
エレベーターを確認すると、ランプは一階を示していた。上がってくる時間を待つことも惜しく、階段へ向かう。蛍光灯の灯りの下、トントンと階段を下る。
四階へ辿り着くと目的の部屋へと急ぐ。五階と全く同じ景色、全く同じ位置。最悪、誰かに見つかっても「あれ、五階じゃなかったのか」ととぼけられるな、などと考える。それでも部屋の入り口には「爆豪」と書かれていた。
ふーっと息を吐く。妙に緊張した。
左手に箱を持ち、右手を持ち上げる。ドアをノックするだけで、これほど緊張するとは思わなかった。
四月二十日。爆豪の誕生日。
緑谷や飯田や、他のみんなの誕生日の時はこうではなかった。おめでとうと祝って、プレゼントを手渡して。それから何を話したのだったか。詳しく思い出せない。
あれと何がちがうのだろう。付き合っているから? 好きだって言われた相手だから? 自分も好きだと思ったから?
考えていたところで埒が明かない。それに時間は有限だ。一旦頭の中から全ての考えを追い出して、勢いに任せてドアをノックした。
コツンと手の甲の骨が、扉を鳴らす。
程なくしてドアノブの回る音が聞こえて、そっと扉が開かれた。隙間から金色の髪がのぞいて、それから赤色の瞳が見える。
「あ」と口から意味のない音が出た。
息をするように、言葉を吐きだすのを忘れたように。何を言うのだったかが吹き飛んでしまったように。
パチンとまばたきをすると、怪訝そうに眉が寄せられた。
「なに突っ立っとんだ」
入れよと、爆豪が隙間を作ってくれる。
「いや、渡すもんがあるだけだから」
別にいいと首を振れば、ムスリと表情が歪められた。不機嫌な顔というものはよく見るが、怒鳴り出さない少しだけ不機嫌そうな様子は珍しかった。
「目立つだろうが」
痺れを切らした爆豪に「良いから入れ」と腕を掴まれ引っぱり込まれた。
「お、じゃまします」
つんのめりながら言葉にする。背後でパタンとドアが閉まった。カチャンと鍵が回る。
視界には今、二人分の足が映っていた。スリッパを履いた自分の足と、フローリングの上にある爆豪の素足。
どうにも心臓がうるさい。
ここまで走ってきたわけでもない。一階分の階段を下りるだけでこれ程心臓が逸るわけがない。薄く開けた唇の隙間から、空気を吸い込む。そろりと顔を上げると、爆豪と目が合った。
「で」
爆豪らしいなと思う赤い瞳が、じいっと見詰めてくる。
絶対、用事が何か分かっているくせに。意地悪だなと思うが、分かっているから具体的に言葉にしないのだろう。
「誕生日おめでとう」
喉から押し出すように言葉をつげる。
「おー」と言った爆豪は、少し珍しい顔をしていた。どことなくこそばゆそうな。なんとなく据わりの悪そうな。それでもまあ、嬉しそうな。
誕生日だもんなと思いながら、手に持っていた箱を差し出す。藍色の包装紙と白いリボンにくるまれた箱。
自分のコスチュームみたいな色でどことなく恥ずかしいが、ラッピングの指定はしていない。お任せにしたらこうなっただけでと、口に出すわけでもなく言い訳を思い浮かべる。
「やる」
「ん」
小さく頷いた爆豪の手に、箱が渡る。
一生懸命選んだプレゼントだ。選ぶとき緑谷に相談に乗ってもらったのだが、そうと言ったら怒り出すだろうから内緒にしておく。「轟くんが渡したらなんでも喜ぶんじゃないかなあ」となんのアドバイスにもならないことを言われたことも、内緒だ。本当か? と聞いてみたいが、聞けるとしたらもっと先になるのだろう。
自分の手から箱が離れる。爆豪の手がしっかりと、箱を掴んだ。
少し、ほっとした。そして踵を返す。
「じゃあな」
目的は達成したので早く去らねばと思ったのだが「ちょっと待て」という言葉と腕に引き留められてしまった。
前のめりに歩き出そうとしていた体が、がくんと引っ張られる。なにをするのかと振り向いた先で、爆豪は眉を寄せながら目を丸くしていた。器用な表情だなと、全く関係のない関心をしてしまう。
「いや、なにもう帰ろうとしとンだ」
「用済んだし、長いしたらワリィだろ」
「ハァ?」
意味が分からないという顔をされるが、こちらとて意味が分からない。
「だって爆豪今日誕生日だろ」
「それがなんで直ぐ帰る理由になんだよ」
逆だろ。と言われてついに首を捻る。
「爆豪のこと祝いてぇやつ他にも居るだろ。俺が一人は占め出来ねえよ」
切島とか、上鳴とか、それから、それから。
爆豪は自分と一緒に居る時、他のやつを部屋に上げない。誰が訪ねてきても追い返してしまう。照れなのか気遣いなのかは知らないが、それをこそばゆいと思う。
だが今日ばかりはそれではダメだ。やはりみんなから祝われてほしい。そうなると自分がここに居てはまずい。
その思いに対して爆豪は、怒るでもなく納得するでもなく、妙な顔をした。無表情に近い、なにか考えている時の顔。赤い瞳がうかがうようにじっと見つめてくる。
「一人占めしてえって思わねえんか」
「……悪いだろ」
一人占めしちゃと首を竦める。
だって今日は爆豪の誕生日だ。今日の爆豪はわがままを言う側で、言われる側ではない。
途端に目の前で盛大に呆れた溜め息を吐かれた。言葉に聞こえる程の吐息が床に落ちる。そして戸惑う轟の様子を値踏みでもするように、ゆっくりと顔が上げられた。
睨むような視線に射すくめられる。逸らすタイミングが分からずに、その目と見つめ合う。
「俺は一人占めしてェって思う」
爆豪はそう言った。
「テメェのこと」とも言った。
意味の取り違えようもない言葉を、真直ぐに投げつけられる。素直な受け取り方を忘れてしまいそうなほどの直球だ。爆豪のそういった言葉は、ずるい。
「それに他のヤツとか来ねえわ。フツーに日中だとかに祝われたっつーの。テメェが最後だバーカ」
「マジか」
「おっせぇ。なんもねえンかと思った」
「タイミング伺ってたら、夜になってた」
さすがにヤベェと思って連絡した。と素直に白状すると、また溜め息を吐かれた。呆れ切った様子の中に、少し安堵のような色が滲んでいる。だが顔はムスリと歪められたままだ。
誰もいない時に渡さなくてはと思ったら、思ったよりもタイミングがなかったのは本当だ。
爆豪も言っていた通り、日中はみんなから祝われていたし、誰かが近くに居た。元より二人きりになるのは難しい。どこかで待ち合わせるなり、部屋を訊ねるなりしないといけない。
「まあいいわ。だが他のヤツが来ねえのは本当だからな。もう寝た、つったし。だからテメェを一人占めさせろ」
いいな、と半ば強制される。
させろと言われると、どうにも恥ずかしく感じてしまう。一人占めしては悪いなと考えていた時には思いもしなかった感覚だ。
好きだと言われているみたいだ。実際そう思われていると知っていても、ふとした拍子に向けられるとやけに意識してしまう。もぞもぞと視線を転がす。
「なんか、恥ずかしくなってきたから、帰っちゃダメか」
素直に申告すると、鬼のような形相に変化した。そうだこっちの方がよく見る顔だな、などと思う。怒鳴られそうだと思ったが、実際怒鳴られた。キン、と耳に言葉が響く。
「ふっざけんな、俺のが恥じぃわ! ブッ殺すぞ!」
「悪ぃ」
「帰ンじゃねえ、さっさと来い。帰ったら殺す」
「分かったから睨むなよ」
大股に部屋の中に戻っていく爆豪の背中に、渋々続く。恐る恐る部屋に踏み込む。見張るように爆豪が睨んでくるが、もう逃げようなどとは思っていない。
爆豪はベッドに座ると、そのままプレゼントの包装に手を掛けた。
「開けんのか?」とにわかに慌てた声を零す。
「開けるに決まっんだろうが」
ふざけてんのかと睨まれた。
「開けられちゃ困る理由でもあんのかよ」
「ねぇけど……」
目の前で開けられるとは思っていなかった。
喜んでくれると良いなと思って選んだものだが、喜んでくれるという自信があるわけではない。そわそわと落ち着かない気持ちになる。
目の前で、リボンが引っぱられた。しゅるりと白いリボンが解かれ、ぺりぺりと几帳面に藍色の包装紙が剥がされる。白い紙の箱が出てくる。そしてふたが開けられる。
中身はシャーペンだ。真っ黒なボディで、この先長く使ってもらえそうな、少し背伸びしたデザインのもの。
「前にシャーペン壊したって言ってただろ」
言い訳のような解説の言葉をつげると「どんだけ前の話だよ」と呆れられた。
それほど前だっただろうかと首を捻る。確かにここ数週間とかの話ではなかったかもしれない。もう別のものを買ってしまった後だっただろうか。
視線を泳がせていると、爆豪がベッドのとなりを叩いた。こっちに座れと呼ばれ、素直に従う。
少しの距離を空けてとなりに座り、爆豪の横顔を伺いみる。一瞬赤色がこちらを向くもすぐにそらされ、手元のシャーペンへと落ちた。
「大事にする」
そう小さな声で、しかしはっきりと告げられた。
嬉しいと思うよりも先に、ぶわりと羞恥が吹き荒れた。ありがとうなどと言われる想像は、あまりしていなかった。だがこれは、それよりも。
顔が熱い。
「……やっぱ帰っちゃダメか?」
めちゃくちゃ恥ずかしい。そう背中を丸めると、となりから怒気が噴き出してくる気配を感じた。
「居ろっつってんだろ! ぶっ殺すぞ!」
目元を赤くした男は二度目の怒鳴り声をあげた。