(爆轟/ワンライ)
一枚のアンケート用紙とにらみ合う。
「たまにはこういう仕事も受けておけ」などと言った腹立たしい顔を思い出す。炎面を思い出し、ムスリと顔をしかめる。ファンサービスなどという言葉と、誰よりも無縁だった男が良く言ったものだ。今はある程度サービスするようなったようだが、だからなんだというのか。
若手ヒーローの素顔に迫る。という、よくある雑誌の企画。
この紙は事前アンケートというやつだ。「目標のヒーロー」「理想のヒーロー像」「ヒーローをしていて辛かったこと、嬉しかったこと」そういう質問は早々に埋めた。良く聞かれるからだ。そしていつも頭にあることでもある。
難しくなってくるのは「休日の過ごし方」だとか、そういう仕事と関係のない項目からだ。そこまではまだ、よかった。面白いかはさておき、事実を書けばいいからだ。
しかし「理想の恋人」というのは、どうにも、答え難い。
用紙をぺらりとテーブルに置き、淹れてもらったハーブティーを飲む。貰い物だと言っていたが、この後は眠るだけなので、カフェインを避けてくれているのだろう。意外なことにそういう気遣いが出来るやつだよな、とこの家の主の姿を思う。
たまたま休みが被ったことが分かったので「飯でも食いに来い」と誘ってくれたその男は、今風呂に入っている。先に入れとも言われたが、このアンケートの内容を考えたいからと順番を譲った。
もうそろそろ出てくるころだなと考えていれば、風呂場のドアが開いた。ちょっぴり金色の髪をしんなりさせた爆豪が、顔を覗かせる。ぱちりと目が合う。深紅の瞳はまばたきをして、こちらの手の中を見た。
「空いたぞ」と顎で風呂を示される。
「もうちょっと」と視線で用紙を指すと、鼻で笑われた。
「まだ書き終わってねえのかよ」
「意外と難しいんだ」
「適当に書いときゃいいだろ」
そんな無責任なことを言いながら、爆豪はソファの横をすり抜け、部屋を横断していく。
理想の恋人の欄は、適当に書いてもいいものだろうか。
そもそも、どう書くとありきたりでそれっぽい回答になるのか。腕を組んで首を捻る。定型句も分からないが、当然自分自身でも考えたことがほとんどなく何とも書きがたい。
「恋人にしたい相手」の話をすることは、ある。自発的にしたことはないが、巻き込まれて乗せられたことは幾度もあった。学生時代にも、プロになってからも。
みんなそういう話が好きだよな、と他人事のように思っていた。真剣に考えなければならない日が来ると知っていたなら、もう少し真面目に話に混ざっていただろう。
恋人が欲しいという感覚もよく分かっていないというのに、どうすれば理想が出てくるのか。ヒーローになりたかったから、理想のヒーロー像を答えられるのだ。
冷蔵庫を開けて水を取り出している爆豪へ、ちらりと視線を送る。
「なあ」と呼ぶと、顔がこちらを向く。透明なグラスが傾けられ、ごくりと喉仏が上下する様子が見えた。
「理想の恋人の、って質問。爆豪ならなんて書く」
「ア?」
途端にしわが刻まれた眉間のことを、器用だなと思い眺める。グラスをさっと洗いながら「ンな質問まであんのかよ」と呆れられたが、こちらに呆れられても困る。
「そうなんだ、で、困ってんだ。助けてくれ。爆豪の理想の恋人ってどんなだ」
「教えねェー」
「だよな」
そういうこと話すタイプではないなと、素直に引き下がる。それを見て爆豪が方眉を上げたが、その表情の真意は分からない。教えてくれないだろうとは思ったが、教えてくれたらいいなと考えたのも事実だ。
そもそも爆豪とは、そういう色恋沙汰の話はしない。プロになってから、こうして部屋に招かれたり、泊ったりすることも増えた。学生時代より格段に距離が近いと思うのだが、そういう話は、しない。上鳴など会えば第一声が「彼女出来たか?」くらいの感覚だというのに。
爆豪の理想の恋人、とはどういうものだろう。
「なあ、ヒントくれ」
「ハァ?」
「こういう質問になんて書いたらいいのか、のヒントくらいくれねえか」
全然思いつかないお手上げなんだ。と両手を上げてソファに背を預ける。これなら何か答えてくれるだろうか、という下心半分。
「そうやって答えるもんじゃねェだろ」
「けど、何も思いつかねえんだ」
「……なんもねえんかよ、理想」
「うーん」
首をかしげて考えているふりをするが、思いつかないから聞いているのだ。
目を細めた爆豪が、こちらを一瞥した。キッチンを離れると、どこかへ歩き出す。その姿を首を捻って追う。真後ろを通られてしまったので、一度首を前に戻す。
「適当に答えると、それっぽくしたオンナが群がってくんぞ」
「さっきは適当に答えろっていったくせに」
「質問内容によんだろ。第一テメェは恋人いねえってバレてんだ」
再度振り向いた先で、誤魔化しておけばよかったのに、と言いたげな視線に睨まれた。
確かに以前何かの拍子に「恋人は居ません」と素直に答えてしまっていた。その時のニュースをとなりで見ていた爆豪に「バカ正直に答えンな」と叩かれた覚えがある。あの時は確か、鍋を食べていたので冬の出来事だ。
なんだかんだ、一緒に飯を食ったり泊まったりするようになって長い。それなりの頻度で会っているが、切島たちとはいつ会っているんだろうな、なんて思う。とはいえこちらも緑谷たちと定期的に会えているので、そう不思議がることでもないのかもしれない。
しかしどこかで飯を食うだけにとどまっており、こうして家で飯を食って泊まって翌日だらだらと帰ることはない。むむむと首を捻り、爆豪を見る。
「そういう爆豪も、恋人いねえよな。モテるって聞くけど」
「そっくりそのままテメェに返す」
「質問に質問で返すなよ」
「屁理屈捏ねんじゃねえ。第一、ンなもんがいたら、のんきにテメェを泊めたりしてねえんだわ」
「……だよな」
恋人がいて折角の休みともなれば、そちらと会うだろう。というのはいくら鈍くても分かる。よくは知らないが、きっとそういうものなのだろうと知っている。
それから、もし爆豪に恋人が出来たら、こうして呼ばれはしなくなるのだ、という当然の事実を再認識する。先ほど自分が食べた飯を代わりに食べて、風呂入れよと促してもらって泊まる人物が別に現れる。
嫌だな、と漠然と思う。
とすれば、自分が恋人の枠に治まってしまえば、万事解決なのではないだろうか。
理想の恋人なあと顔を向けた先で、爆豪は洗濯物を畳んでいた。いつの頃からか、こちらの存在を気にせずルーチンをこなすようになっていた。そう考えると、最初の頃は気を使われていたのだと思う。使われていない方が、嬉しいと思う。
理想の恋人。
意外と家事全般が得意で、当然飯も美味くて、案外細かい気遣いが出来て、それでもって強くて負け知らずのヒーロー。
というと、なんともそれらしい、気がしてきた。
「なあ、爆豪。やっぱりヒントくれないか」
「クイズじゃねえんだよ」
「でも何も書けねえと困る」
頼む、助けてくれ。
懇願するように見詰めると、じとりと真っ赤な視線が返された。それに妙に、どきどきとした。何を答えるのだろう。どういう答えが返ってくることを期待しているのだろう。ごくりと喉が鳴る。
爆豪は実に面倒くさいと言いたげに表情を歪めて逸らし、溜め息交じりに吐き捨てた。
「俺の名前でも書いとけ面倒クセェ」
「え、いいのか?」
予想外の言葉に、反射的に返した声はわずかに上擦った。
ふと顔を上げた爆豪と目が合う。
珍しく真ん丸な目をしていた。驚いているのだろうが、驚いているのはこちらもだ。けれど何故だか、爆豪の方が戸惑っているように見えた。「家に包丁がない」と暴露した時と、同等の表情を見せている。
「ア?」と確認するように声が床を這った。