冬の客人

(北の古城+客人)

 
 
 
 
 

 本日の仕事は掃除から始まることになった。
 対象は正門から堂々と踏みこんできた人相の悪い長身の男だ。魔術の仕掛けが来客を告げたため向かったところ、あからさまに怪しい男がいた。雪深い景色の中、分厚い外套で頭まで隠した出で立ちはずんぐりむっくりとしている。内側に武器を隠し持っていることは間違いない。寒い中ご苦労なことだ。二階バルコニーからの偵察を終え、ふわりと飛び降りる。闇の色をした鳥が胸の宝石から飛び立ち男を狙う。これで驚いて逃げれば良し、抵抗する様なら裏山に埋めてしまおう。冬は土が硬くて骨が折れるのだが仕方ない。
 真っ白な雪の上に着地する。それと同時に鳥が来客の首を捕らえる。それでおしまいのはずだったのだが、どうやら今回の来客はただ者ではないらしい。
 瞬間、男の分厚い外套が跳ね上がるようにはためき、空気を叩く重たい音がした。その下から現れた銃口は、こちらを向いていた。照準は狂いなく眉間に合わせられている。掌に納まる小さな銃だったが、その分動作が速い。素直に受ければ、普通の生き物はまず死ぬだろう。
 放たれた銃弾を、呼びだしたもう一羽の鳥で弾き飛ばす。少し離れたところで、雪に何かが沈み込む鈍い音がした。先に飛ばしていた鳥をもう一度仕向けたが、それは空中で弾けて消えた。男のもう片手に、先ほどよりも大きな銃が握られていた。銃口でふっと煙が揺らめき消える。「ハハッ!」と笑う声がした。この寒い中よくやるものだ。少しだけ認識を改め身構える。きちんと殺して埋めてしまわなければ。主に仇名すものはすべて、消し去らなければならない。
 ふ、と息を吐く。白い息が口の端からなびき風に煽られ消える。夜の帳を下ろすように、鳥の影を大きくする。銃など通らないほど大きな影で押し潰して終いにしよう。しかし男はひるむことなく、雪をかき分けるように片足を大きく踏み出した。
「客に向かって大層な歓迎じゃねえか!」
 指先を向け、夜の影を飛ばす。それと同時に男の外套の下から、また別の火器を取り出した。抱えるように構えたそれは、大砲を連想させる。発射の反動に耐えるために足を踏み出したことに気付くが、今更どうでもいいことだ。
「テメェの城! 穴だらけになっちまうぞ!」
 男はどこに向かって叫んでいるのかと思う程の大声を上げた。びりびりと空気を揺らすが、何の脅しにも感じられない。主が起きてしまうのではないかという事だけが気がかりだった。
「それは困るなあ」という声に、ぴたりと動きを止める。
 夜の色を拡大させていた鳥は崩れるように霧散する。そうしようと思ったわけではなく、そうせざるを得なかった。来客も構えていた火器を下ろした。
 振り向いた先、正面玄関の扉の横にブラッドが立っていた。
「随分と物騒な従者を雇ったもんだな」
 男は火器を背負い直しながら、ざくざくと雪を踏み固めこちらへと近付いてくる。身構えると「お客様だよ。君が初めて会うだろうけどね」とブラッドが言った。
「それは失礼いたしました」ブラッドへ向け頭を垂れると「それは俺に言うべき台詞じゃねえのか?」と、男が鋭く尖った歯を見せながら笑う。その表情を、一瞥する。
「彼は客間に通すから、お茶を淹れてきてくれるかい?」
「承知いたしました」
「愛想のない従者だな。従者ってよりは、番犬か?」
「お茶を淹れるのも上手だよ」
「アンタよりも?」
「そうだね」
 並んで奥へと向かう背中を見送り、一人廊下をそれる。厨房へと向かい、滅多に出さない来客用のカップを取り出して二人分の紅茶を準備した。客間までの移動時間を計算に入れつつ湯を注ぐ。少し悩んでから、おやつに作っておいたマフィン二つも小皿に盛った。
「失礼いたします」
 声をかけ踏み込んだ客間で、二人は小さなテーブルを挟んで座っていた。テーブルにはチェス盤が用意されていた。
「今回も同じ条件でいいのか?」
「ああ。君が勝ったらタダであげよう。負けたら報酬を貰う……が、君のことだ、報酬も持ってきただろう?」
「ふん、俺が勝てばこれは次回の交渉材料にするだけだ」
 邪魔をしないよう隙間を縫ってティーカップを並べる。マフィンを載せた皿もそっと置くと、即座に男が一つ掴み上げ口へと運んでしまった。一口でばくりと吸い込まれ、思わず目を剥く。あっという間に嚥下し「お、うめえな」と指先を払った。主のために焼いたマフィンの呆気ない最後に腹がむかむかとしたが「そうだろう」とブラッドが頷いたので溜飲が下がった。
 しかし改めてじとりと男を睨む。外套を脱いだことで容姿が晒されていた。人間のように見えるが耳の先がとがっている。混血だろうか。髪は長く、後ろでひとまとめに括っている。眼帯で隠した片目が、粗暴な印象を強めている。ところで外套は何処へやったのかと振り返ると、ソファの背もたれに無造作に投げられていた。慌てて抱え上げ、ハンガーにかける。
「クロード」と呼ばれ振り向く。ブラッドが微笑んでいた。「本を探してきてほしいのだけれど、いいかな」
「なんなりと」
 断る理由などなく頷くと、男がとあるタイトルを口にした。ブラッドに視線を送ると、頷かれる。探し物はそれらしい。覚えのあるタイトルだったので、書庫のどこかにあるだろう。静かに頭を下げ、客間を退出した。
 書庫へと向かい廊下を進む途中、窓を一つ開ける。吹き込む冷気の代わりに、胸から鳥の影を送り出した。影は客間の窓の縁へと飛んでいき、死角から中を窺う。もしも不審な素振りを見せた時は、やはり裏山に埋めてしまおう。そう思ったのだが、予想に反して男は静かにチェスを指していた。粗暴な見た目と言葉遣いをしていたが、盤面は綺麗に整い静かに駒が進められている。時折ぽつぽつと会話が交わされるがそれだけだ。腕を組んで考えこむ様子からは、知的さすら感じられた。
 変わった客だと思いながら、書庫の中をうろつく。指定された物はここにあるが、それはブラッドの所有物ではない。この城の中にはそういうい物が幾つか存在している。それを置いていく者と、取りにくる者、強奪を試みる者がいる。男は二番目のようだ。
 目的の本を見付け出し、丁寧に埃を払う。誰とも知らぬ男に興味はないが、ブラッドに埃だらけのまま手渡すわけにはいかない。それにこれは、ブラッドから男へと送られる報酬だ。それなりの体裁と整えておく必要がある。それでも時間が余ったため、お茶のおかわりを淹れることにした。
 お湯を沸かし終えた頃、チェスの決着も付いたようだった。影の鳥を通し、苦笑しながら両手を上げた男の姿が見えた。
「相変わらず強いな、アンタ」
「だからこそ、私から奪う勝利に価値が付くのだよ」
 盤面はブラッドの勝利という形に納まっていたが、相手も決して弱いわけではないと見て取れた。時折ブラッドのチェスの相手を務めるが、勝つことは稀だ。だからこそ男の健闘が分かる。見た目にはよらないものだなと首を傾げていたところ「クロード」と呼ぶ声がした。急いでお茶のおかわりを持ち、客間へと向かう。
「お待たせしました」と部屋に入ったところ、男は床に置いた荷物を漁っていた。テーブルの上のカップを取り換え、紅茶を注ぐ。今回は甘めのミルクティーにしている。頭を使うと甘い物が美味しくなるよね、とブラッドが良く言うからだ。
 チェス盤を片付けると、空いた場所に男が大きな瓶を置いた。ごとんという音からも、重さが感じ取れる。その上武装をし、この雪山を登って来たのか。感心を通り越し、呆れそうだった。
「ご所望の古酒だ」
「良く見付けられたね」
「俺に見付けられないものはねぇよ。で、そのためにそいつが要る」
 男が顎をしゃくりこちらを示した。「ああ」とブラッドが足を組み直す。
「クロード、本は見つかった?」
「こちらに」
 懐にしまっていた本を取り出し、ブラッドに手渡す。確かめるように白い手袋が表紙を撫でた。「うん、確かに」と血の色をした瞳が細められる。
「はいどうぞ。私の物ではないけれどね」
「アンタの城に置かれてるってことは、アンタのもんだろ」
「そうかもしれないね」
「確かに受け取った」
 男はざっと中身を検めると、本を丁寧にしまい込んだ。そのまま荷物を担ぎ立ち上がる。「一緒に飲まないのかい?」とブラッドが首を傾けるが、男はひらひらと手を振った。
「帰る」
「おや、泊まっていけばいいのに。もう日も暮れる」
「急ぎなんだよ。だからこんな季節に来た」
「ああ、それもそうか。次はもっとゆっくり出来る時においで」
「さてな」
「気を付けて。クロード、お送りして」
「かしこまりました」
 恭しく頭下げた後男へと向き直ると、牙を見せながら面倒くさそうに表情を歪めていた。返事のように眉を寄せる。
「要らねえよ。勝手も分かる」
「おや」
「ここで良い。見送られるようなもんでもないだろ」
 じゃあな、と言った男に外套を差し出す。分厚いそれを頭から被ると、部屋から出る寸前のところで振り向いた。その目はブラッドではなく、こちらを向いていた。
「あとお前、のぞき見は感心しねえな」
 そうにやりと口元を歪めながら、指先が窓の外を示した。気付かれていたことに驚いていると「やるならもっと上手くやれ」と言い残して出て行った。漠然と腹立たしいが、追いかける程の興味もない。振り向きミルクティーに口を付けているブラッドを見る。向かいに置かれたもう一脚には手も付けられていない。顔に不満が出ていたらしく、ブラッドが口元に手をやり、ふっと笑った。慌てて佇まいを正す。
「このお酒、一緒に飲まないか。現存する数が減りとても高価になっているんだよ。まさか見付けてくるとは思わなかったな」
「……いか程の価値が?」
 瓶の肩を撫でながら目を細めるブラッドにそう問いかけたところ、聞いたことのない通貨で答えられてしまった。結局価値は分からず首を傾げるだけに留まったが、開けた酒は実に美味だった。
 高価な酒もたった一晩のうちに空になった。そしてこの幕間も終いとなる。