「幸せを願う/ だから俺は、」

(爆轟ワンライ)
 
   

「いまさら、なんだけれどさ」と空中で足を振り上げる緑谷が言う。「どうして急に、合同訓練っていうか自主練に誘ってくれたの」
 飛び回る姿を覆い隠す様に氷壁を生み出すが、一蹴りで粉々に砕かれる。それどころか砕けた氷とともに衝撃の余波が襲ってくる。
 ある程度の破壊力を持った相手だと、ただ氷を出すだけでは大した足止めにもならない。そのあたりを考慮しての訓練なのでいいのだが、大きな氷を作るとその分端々が薄くなる。
 強度の高い氷の造形について、もう少し改良が必要そうだ。瞬時に沸騰させるイメージで体の熱を上げ、飛び散った氷の破片を溶かし、熱波で吹き飛ばす。それが再び、蹴りの風圧で散らされる。
 事務所同士の合同訓練という名目で緑谷に付き合ってもらうこと早一週間、これで三回目だ。ふーっと息を吐き出し、次の造形を試すべく腕を振り抜く。
「この前、爆豪に熱愛報道が出ただろ」
「ああ、週刊誌に載ったやつだよね。アイドルだっけ」
「それだ」
 単純な壁をイメージし、分厚く氷を作る。
「あれから家に戻ってきてねえ」
「ってことは、二週間?」
「そうだ。つけられるからしばらく事務所暮らしする、って」
 一撃目はかろうじて持ちこたえたが、二撃目の蹴りで砕かれた。折れた木が倒れてくるように、破片とも言えないほど大きな塊が降ってくる。それを緑谷が蹴り飛ばすと、訓練場の壁に派手な音を立てて衝突した。強度はなかなかよさそうだが、壊された後味方に被害が出ては本末転倒だなと、それを見送った。
「もしかしてこれ、ストレス発散とか?」
「ちげぇ」
 その程度で忙しい緑谷の予定を埋めるかよ。とまた別の形で氷を生み出す。
「え、じゃあ、特訓の末に復讐を?」
「ちげぇ」
 なんなんださっきから、変なことばっかり。と眉を寄せると「だって熱愛報道が、とか言うから」そういう話かな。って、と氷を砕きながら緑谷は変な顔をした。いろいろと考えついていることはあるが、素直に口に出したらまずいなという時に見る顔に似ている気がする。主に爆豪相手によくする顔だ。
「緑谷に頼んだのは、緑谷が俺の知ってる強いやつだからだ」
「それは、光栄だけど」
 氷の破片を踏みつけながら緑谷が地面に戻ってくる。氷でデコボコになった地面を熱で溶かすと、緑谷がけりの風圧で水を端へと吹き飛ばした。バシャッという水音を残し、元通りの床が現れる。 
 続けて二回戦だと構える。今日のお互いの主目的は、氷の強度強化と、範囲攻撃への対応だ。
「それで、さっきの話の続きだが」と合間に口をはさむ。「爆豪は強いやつが好きだろ」
「えっ、うん、そうだね」
「だからもっと、強くなろうと思っただけ、だ」
 いくら雄英高校を卒業しようが、知名度があろうが、まだビルボードチャート一桁に食い込むことのできない若手に変わりはない。同世代の中では抜きんでている方だ、などといったところで、ヒーローという大きなひとくくりの中では、ナンバーワンに程遠い。
「そっか」と緑谷は笑った。「脈絡は良く分からないけれど」と付け加えて。
 景気よく破壊されていく氷壁を眺めてにやりと笑う。いっそ強化のためにワイヤーでも仕込もうか。使い所は限られるだろうが、手段として検討しておいて損はないように思う。
 壊されたそばから氷壁を、わんこ蕎麦のように生やす。蹴り壊すよりも早く生み出せれば、それもまた勝機になるだろう。
「でも、僕たちが強くなるのはいいことだよね。その分、助けられる人も増えるし」
 抑止力にもつながるし。という緑谷に、おうと答える。
「それに、テレビで俺の活躍見る爆豪、ご機嫌そうなんだ」
「ノロケだ!」
 と叫んだ緑谷が、振り抜いたはずの脚を氷の表面でつるりと滑らせ、そのまま落ちてきた。すかさず氷で手足を縫い留める。なにかが違う気がするが、今日初めて決着らしい決着がついた。
「緑谷、俺がヴィランだったら、全身氷漬けにした後蹴り砕いてるところだぞ」
「発想が具体的で怖い!」
 地面に這いつくばるその姿に近づいて行って、横にしゃがみこむ。緑谷は「確かに僕が油断したっていうか、不意打ちを食らったっていうか、まあ悪いんだけど、でもさあ」と呻いていた。
「なんていうか、君が強いとかっちゃんが喜ぶから、強くなりたいみたいに聞こえた気がするんだよね」
「それもある」
「えー……熱愛報道からそこにつながるんだ」
「まあな」
 好きなやつが嬉しそうだと嬉しいだろ。といえば緑谷はなぜか安らかな表情を見せた。目を細めて微笑んでいる。その顔はあきらめているというべきか。なにかの時に見た。
「なんか、もう、早く公表したら?」
 そうしたら嘘っぱちの熱愛報道も出ないでしょ。という。
「まだ駄目だ。二人ともビルボード一桁に入ったら、って決めてる」
「そっかあ、それは余計に、強くならないとだね」
「おう」
 そうなのだ。ヒーローとしての目標にも近付き、助けられる人も増え、ヴィランには恐れられ、市民は安心され、なおかつ爆豪も喜ぶ。
 全く良いことづくめだ。しかしまだまだ改良できる点は多そうだ。学生時代にかなり磨き上げたとは思っていたが、先は長く伸び代も多い。頑張らなくては、と頷く足元から「ところで」と声が聞こえてきた。
「氷、溶かしてもらってもいいかな?」

 
 
 

 家に帰ると、なぜか部屋には明かりがついていて、爆豪が仁王立ちしていた。
「遅ェ! ンでテメェが帰ってきてねぇんだ」
「お、爆豪もう帰ってきていいのか?」
「これ以上逃げ回ってられっか面倒くせぇ」
 二週間ぶりに家で見るが、さっぱり変わった様子はない。大口を開けて怒っている姿は調子がよさそうで安心する。
 いつもの爆豪だと、ほけっと表情を崩すと睨まれた。「さっさと着替えてこい」と容赦たっぷりの回し蹴りを食らい、部屋に上がり込んだ。
 家の中にはバターの良いにおいが満ちていた。くんくんと嗅ぎながら着替えを済ませると「犬」と鼻で笑う爆豪がダイニングテーブルで待っていた。
 卓上に並ぶ、ふわふわでオムライスの姿を見つけると、ぐうと腹が鳴った。通常業務の後に特訓時間を設けているので、腹はぺこぺこだ。
 急いでテーブルに着き、いただきますと言ってスプーンを掴んだ。「オムライス、珍しいな」ととろとろのそれを口に運ぶと「卵が特売だったんだよ」とぶっきらぼうに教えてくれた。
 久々の帰宅の前にスーパーに寄ったのかと思うとたまらない気持ちになる。きっとろくなものが入っていないと予想してのことでもあるだろうが。それでも久々に食卓を囲めることを楽しみにしてくれていたのだろう。それが嬉しくて「遅くなって悪かった」と素直に謝ると、また睨まれた。
「テメェ今週定時だつってただろ、どこほっつき歩いていやがった」
「ん、おう、緑谷と特訓してた」
 添えらえていたオニオンスープもうまいなと口をつけると「ハア?」と眉間にしわを刻みながら大口を開けた爆豪と目が合った。
「ンでクソデクなんだよ俺に言えや」
「爆豪忙しかっただろ」
「舐めんな」
「そっか、悪かった」
 家に戻れないほどだからそっとしておこう、と思っていたのだが、確かに爆豪に合同訓練を申し込めば、家の外でも会えたな、と考える。
「じゃあ次は三人でやろう」と提案したところ「断る」と短く却下された。どっちなんだと今度はこちらが眉を寄せる。
「でも早く強くなって、ビルボードももっと上に行きてえだろ」
「当たり前だ」
「なら合同訓練いいじゃねえか」
「メンツが気に食わねえ」
 言外にそれは緑谷だと言っているようなものではないか、とあきれる。まあ前回のビルボードチャートで、一番順位が高かったのが緑谷なので根に持っているのだろう。気持ちは分からないでもない。
「そうだ、ニュース見てもいいか?」
 そう断りを入れ、テレビのリモコンを手に取る。ちょうど夜のニュースの時間帯だ。真っ黒だった画面がぱちっと光ると、そこに爆豪の顔が映し出された。
 今日の昼間の映像のようだ。ヴィラン確保したばかりだというのに「熱愛報道についてお聞かせください」とマイクを向けられている。
 大変なものだ、と視線を送った先で爆豪は変な顔をしていた。妙に据わりのいい、あまり見ない変な顔だ。再びテレビ画面へ視線を移す。そして爆豪の表情の原因は、すぐ発覚した。
『いい加減違ェって察しろや! 揃ってビルボード一桁になるまで言わねェ!』
 お、と爆豪を見る。
 やっぱり据わりの良い顔をしていた。
「……これ、相手はヒーローだって言っちまってねえか?」
「まあな」
 まあな、ではないのではないか。そう思ったが「冷めるだろ早く食え」と急かされて口に運んだオムライスが美味しくてうやむやになってしまった。二週間ぶりの手料理が嬉しいこともある。
 どちらにせよ、強くなれば解決するのだ。
 たぶん。