(五夏)
今晩はひまがあるな、なにをしようか。
ゲームをするか、テレビを見ながらだらだらするか。それとも映画のDVDをレンタルしてきて、並んでポップコーンを食うか。それともセックスをするか。
といった具合に、最後の選択肢が増えたのが、ちょっと前のこと。
どうしたって自慰はする。なら一人より二人、二人より三人、まで行くと違うな。これはゲームのキャッチコピーだ。なんのだったっけ。
三人目は居ないし、興味が湧く二人目も居ないので、セックスはもっぱら傑と二人でしている。一人でこなすより気持ちがいいし、生まれて初めて自分のとなりに並んだ男に興味津々だった。
知りたい知りたい、知りたいことが多い。それこそ腹の中まで。本当は一度呪霊みたいに飲まれて、その喉の奥がどこに繋がっているのかも確かめたい。四次元空間みたいになっているのだろうか。
あいにくそんなことはできないので、飲まれないで突っ込んでいる。最初にマリカーで賭けをして、タチ役を勝ち取った。そのあとはなしくずし。
腹の奥に触れられるのは思ったより気持ちがいいらしい、たぶん。でなければ「どっちでもいいよ」なんて、毎回タチを譲ってはくれないだろう。よく知らないけれど。下手に話題に上げて「じゃあ次から変わろうか」と藪蛇になってもたまらないから、気にしていないふりをしている。
くあ、と傑があくびをした。
今晩のセックスを終え、今は仲良く台所に立っている。
まだ体の熱は引いていないし、寒い季節でもないからパンツ一丁だ。フルチンでもよくないか、と思ったのだが、傑がダメだしするので仕方がない。
他人というか傑に、パンツを脱がされるときはワクワクするが、はかされるときは微妙な気分になる。たぶん最初に抵抗して「パンツをはかせてもらうなんて、君は赤ちゃんか」と文句を言われたせいだ。刷り込みは恐ろしい。
つられてあくびをこぼしながら、鍋の中でほどけていくインスタントラーメンを眺める。二人分入れたからぎゅうぎゅうだ。傑は菜箸を持ったまま、眠そうにしぱしぱと瞬きをしている。
「あっ、卵入れようぜ」
溶いて入れるか、そのまま投入するか悩むよな。
軽やかに口にしながら、冷蔵庫を開ける。卵はサイドポケットできれいに並んでいた。
「おい、人の冷蔵庫を勝手に漁るな」
「傑偉いよなー。卵もだけどさ、食い物常備してて」
今そこで煮ているラーメンも傑の私物だ。食べた分補充しろよ、と言われたが、五袋入りのインスタントラーメンの封を破いて、一袋だけ返すのもダサい。五袋まとめて返すことになるのだろうなと考えて、だったらいっそ傑の部屋に備品を増やしていく方が合理的なのでは、と首を捻る。
「任務で変な時間に帰ってくることもあるだろ」
「そん時はコンビニで買ってくるし」
わざわざ作るのも面倒くさい。せいぜいカップ麺だ。あれはお湯を沸かせば済む。インスタントラーメンになると煮ないといけない。そのかわり、卵を追加したりできるのだが。
卵を二つ掴み、冷蔵庫を閉める。
それに卵は油断している間に腐るので、面倒を見切れない。なのに傑の冷蔵庫には、九個も入っていた。十個入りを買ってきたということだ。四個でも六個でもなく、一人で十個。賞味期限内に食べきれるのか。
「こんなに卵あって、なにに使うの?」
「ゆで卵にしたり」
「ゆでたまご!」
「タンパク質とれるし、お腹にも溜まる」
「今度俺の分も一緒にお願い」
「自分で茹でな」
はい、と手を出されたので、そこに卵をのせる。傑は器用に片手で割って、そのまま鍋に投入した。溶き卵にするか悩んだ労力が無駄になった。どっちでも良いいのだけれど。
「だいたい今日だって、終わるなり腹減ったからラーメン食べたいってぐずりだして。自分で作るという選択肢はないのか」
「傑に茹でてもらったラーメンのが美味しいもん」
「インスタントラーメンは、茹でる人間の技量を問わないよ」
盛大にあきれが、ため息として吐き出された。
それでも茹でてくれるので優しい、というわけではなく、傑も腹が減っていたのだろう。ティッシュをゴミ箱に叩きこんだ流れで両手を上げ「ラーメン食いてー!」と叫んだところ「インスタントがあったはず」ともぞもぞ起き上がり、パンツをはいて台所に直行していた。
「高専の近くにラーメン屋があればなー」
「着替えて外に出るのも面倒くさいだろ。今日だってパンツ一丁だし」
「それもそうだ」
さっきまでセックスしていました感丸出しで出ていくわけにもいかないので、シャワーを浴びて、とか考えるとなかなか手間だ。そう思えば、部屋でラーメンを茹でるほうが早くて楽でいい。台所に立っている傑を見るのも好きだし、と思っていると、じゅわっと音がした。
「傑! 鍋、鍋!」
「うわ」
コンロの火を止めるより早く、吹きこぼれたお湯で消えた。もうもうと湯気を立てる鍋の中を、頭を寄せ合って覗き込む。麺は無事。スープが明らかに減った。
「……まあいいか」
傑が眠たそうな声で、投げやりに言った。確かにスープを飲み干すわけでもないし。なにより深夜の適当ラーメンだ。こだわることなどなにもない。そこそこ美味しくて、腹にたまれば万事オッケーだ。
「悟、箸だして。どんぶりは……洗うのが面倒だな。鍋から直でいいか」
「マジ? 俺鍋から食べんの初めて」
「私もだけど」
「え、そうなの」
やったことあるから提案したのでは、と思ったが「うさわに聞いた程度」という、ふわふわした返事があった。
やったことがないことを、傑と二人でする。と思うと無条件にわくわくしてしまう。軽やかな足取りで食器棚から箸を二膳掴みだし、部屋の真ん中に置かれたテーブルへと持っていく。
「鍋敷きは……無いんだった……」
「直置きでよくね?」
「焦げるだろ」
「じゃあ段ボールとか」
「まあいいか。あそこにあるから、適当にちぎって」
「任せろ」
大物のゴミがまとめられているゾーンに向かい、段ボールを一枚取り出す。鍋が置けるくらいに引きちぎって持ち帰る。
鍋を持った傑が待ち構えていたので、急いでテーブルの上に敷いた。ふわっと醤油スープのいい匂いがする。ぐうと腹が鳴る。
よっこらせとあぐらをかく向かいで、傑は髪をひとくくりにしていた。目は半分寝ているくせに、食べる気まんまんだ。
「いいか、半分こだからな」
「傑のが食うの早ぇじゃん。俺の分まで食うなよ」
念押しに念押しで返し、箸を手に持った。いただきます、と仲良く口にしてから、素早く箸を鍋に突っ込む。
ラーメンをすすろうと近づいたところ、勢い余って頭突きしあった。二人で一つの鍋から食べるのは無謀だったのでは、と眉を寄せながら、額を押さえる。
けれど腹は減ったし、ラーメンはのびるまえに食べたい。ぐっと眉を寄せたその三秒後に、交互に食べればいいのではと思い付き、問題は解決した。あと、勢い余らなければ頭突きにはならない、とも途中で気づいた。
「はーっ、深夜のラーメンサイコー」
半分ほど食べたところで、ふうと息を吐きだす。「そうだね」と傑が適当な相槌を打つ。セックスする前はこちらより元気そうだったのに、すっかり眠たそうだ。やけに気持ちよさそうにイッていたことと関係あるのか。
「そういえばさ、夜のセックスすんの効率悪くね?」
「……なんだと?」
「だって腹減るし。そしたらこうして夜食作んなきゃいけないだろ?」
「まあ、お腹は空くけど……普通はお腹がすくほどしないのかもしれないな」
「でも腹減るまでやんないと不完全燃焼だろ」
「完全燃焼するほどしないのかもよ」
「え、なんで」
「知らないけど……」
他人がどんなセックスをしているかなんて、お互い知らないから比較しようがない。けれどセックス終わりにほぼ毎回、腹が減ったなと思っているのは事実だ。
つまりだ、と人差し指を立て、傑に向ける。
「朝ヤッて、二度寝して風呂入って、昼飯がベストの流れなんじゃね?」
「いきなり半日潰れたね」
「それな。休みしかこのプラン使えねえんだよなー」
「だいたい、そんな明るいうちから」
「つかさ、セックスってなんで暗くなってからするものみたいになってんの?」
いつも夜にばかりしていたけれど、夜にしないといけない理由もないのでは。そういうと、傑はラーメンをすすりながら、考えるように視線だけ天井に向けた。
「……明るいと、恥ずかしいから?」
「恥じぃの?」
そんな素振りみたことないけれど、と指摘すると、傑は首を傾げた。
「いや?」
「だろ」
「全くってわけでもないが」
「え」
えっ、ともう一度言う。
恥ずかしい瞬間、あったのか。これっぽっちも気づいていなかった。セックス自体、よし徹夜で桃鉄するぞ、と変わらないノリで始めていたと思う。今日だって、任務もなかったから元気だし、溜まってきたし、映画は明日にしてセックスにするか、で始まった。
こちらも恥ずかしいと思った瞬間は特にない。しいて言うなら「スウェット後ろ前じゃない?」と寝起きに指摘されたときは、少し照れたかもしれない。それも最初の一回だけで、二回目からは「またかー」と流している。セックス終わりの眠気の中で服を着ると、けっこう間違える。スウェットなんて前も後ろもないかのような見た目だし。
ふと息を吸い、思い出したように三回目の「え」を口にした。
「いつ」
「前後不覚までいくとさすがに、ちょっとね。泥酔して記憶をなくした朝みたいな恥ずかしさがある」
「いやオマエ未成年じゃん」
知らないところで酒盛りでもしてるのか、と首を傾げてラーメンをすする。
「他にはねえの。実は恥ずかしい体位とか」
「知ってどうするんだ」
「ここぞってときにやる」
「あっても絶対に教えるか」
むっと睨まれ、黙っておけばよかったな、とわずかに後悔した。あったらやらないようにするね、とか言えばよかった。いや駄目かも。顔にでてしまって、どちらにせよバレそうだ。
ポーカーフェイスはちょっと不得意だ。使わないと乗り切れないような場面に、生まれてこの方出くわしたことがないので仕方がない。
「恥ずかしいのはないけど、今日のはよかったな」
「どれ? あ、騎乗位?」
「そう。好きに動けるし、じっくり見下ろすのは気分がいいね」
「俺も眺め良くて最高だった」
ときどきじれったかったけれど。それを差し引いても、人の腹の上で愉快そうにこちらを見下ろしながら腰を揺らす姿は、かなり良かった。主導権握る方が好きなタイプかもな。人に良いようにされて黙っているタマでもないか。
「あ、そうだ。悟の乳首も開発しようか」
「えっ!」
なんで、と思わず両手で自分の胸を隠す。ポジションの入れ替えを狙っているのか、と思ったが少し違うらしい。
「開発したら、騎乗位しながら触ってあげるよ」
「え、まじ……」
それは眺めがかなりいいのでは。ちょっと待てよ、と顎に手を添える。考えこんだ末、テーブルの端に肘をつく。
「それ、イイの?」
「イイよ」
私は触られながら突かれるの好きだし。と言われたので危うく勃ちそうになった。お腹がすくまでヤッたので、今日はもう勃たないけれど。
「考えとく……」
腕を組んでそういうと、傑がけられらと笑った。
「つかラーメン!」
考えている間にずいぶん食べられた、半分こなと念を押してきたのはそっちなのに! と慌てて箸を伸ばす。「のびたらもったいないからね」と口の端を吊り上げる男から鍋ごと奪い取り、残りのラーメンをかきこんだ。
元から少なかった汁を飲み干して、ぷは、と息を吐く。
「ごちそうさまでした」
仲良く箸を鍋に投げ込むと、カランと気の抜けた音が鳴った。そのまま傑が流しに持っていく。「洗おうか」と声をかけると「朝でいいや」と水音が聞こえてきた。漬け置くようだ。
「そんじゃ寝ようぜ」とベッドに上がり込む。
戻ってきた傑が、そこで寝る気か、と目を細めているが気にしない。服を着て戻るのも、ここで寝るのも同じ、というか後者の方が楽だ。
「すぐるー」とベッドを叩くと「私のだ」と文句を言いながらも横に寝そべった。向かい合ってくれたことに満足しながら、肘をついて少しだけ体を起こす。なんとなく浮かれた気分で傑の額にキスをする。
ふふんと笑って「おやすみ」と言うと、目の前の眉間が深くしわを作っていた。
え、なに。今更狭いとか文句を言われるのだろうか。と思ったが違った。
「悟、今のは恥ずかしい」
「ウソ!」