エイプリルフール五夏小ネタ

(獄門疆が通販で買える謎時空)

 
 
 
 

 部屋が汚い。
 げんなりして額を押さえる。
 何度見てもやはり、部屋が汚い。
 畳むことをあきらめられた段ボールに、取り込んだきりの洗濯物。掃除機もしばらくかけていない。生ごみを放置していなかったことが、不幸中の幸いといったところだろうか。
 ため息も出るというものだ。「ため息ばっか吐いてると幸せが逃げちゃうぞ」と可愛こぶったポーズを取る、とある男の顔を思い出しむっと眉が寄る。私にため息を吐かせているのは十中八九、君だろうが。
 いくらため息を吐いたところで、埃が吹き飛び、ダンボールが畳まれ、洗濯物がクローゼットに収まるわけでもない。
「よし」と腕まくりをし、足を踏み出す。
 このところなんだかんだと忙しかった。期末期初はどうしてこうなのだろう。おかげで部屋に帰ってすらいなかった。
 どたばたと仕事を終え、よろよろと帰路につくと、なぜか通り道に悟が居るのだ。「傑ー飯いこー」と言われれば、料理も面倒だしそれもいいねとなり「傑ー飯作っといたー」と電話がくれば、それは助かるなとなる。
 そんな調子で悟の部屋に入り浸っていたら、掃除をしていない我が家に戻ることが面倒になり、ずるずると時が流れこのざまだ。
 窓を開け放ち、カーテンをタッセルで止める。
 外はいい天気だ。悟の目の色のように空は晴れていて、掃除日和といって差し支えない。
 遠くに満開の桜が見えた。掃除が終わったら花見に行くのもいいかもしれない。缶ビールと、花見兼悟を黙らせる用の三食団子を持って、ふらふらと並木道を歩く。
 そう夢を膨らませたところ、机の上に置かれた箱が目に入った。
 あそこにある、畳むことをあきらめられた段ボールに入っていたものだ。
 手のひらサイズのリラックスアイテム、らしい。中に入ることができ、閉じた空間でゆったりとした時間を過ごせるのだという。
 その上、中では時間が止まる。くつろぐもよし、勉強など集中したい場合に使うもよし。大きめのサイコロのような見た目だが、目がまさに人間のそれに似ているところが趣味が悪くてアンバランスだ。
 なにより大事なのは、定員が一名という点だ。
 入ってしまえば誰に邪魔されることもない。
 やはり花見は明日にして、今日はゆっくりしよう。掃除を終えたらシャワーを浴びて、買ったきりあそこに積まれている書物を持ちこみ、読み終わるまで中で過ごそう。
 誰にも邪魔をされない一人の時間なんて、いったいいつぶりだろうか。
 別に誰がうっとうしいというわけではないのだが、たまには一人で静かにゆっくりしたいこともある。
 新たな夢が膨らみ、俄然やる気が出てきた。
 ハンディタイプのモップを手に取り、棚の上から掃除していく。自動で掃除してくれるロボットを飼うのもいいが、上はやはり自分で掃除しなくてはいけないしなあと頭を悩ませる。
 もう少しどうにかしなくては。せめて二日に一度は自室に帰ろう。
 とにかくまずは掃除だ、と手を動かしていると「すーぐる」という軽やかな声が聞こえてきた。
 幻聴であってほしかったが、残念ながら開けた窓の外に、見知ったデカい男が立っていた。
「花見しよっ」
「明日ならいいよ」
「やだけど。もう三食団子と桜餅とおはぎ買ってきたし」
「見て分からないか、掃除中なんだ」
「だからルンバ飼えっていってんじゃん」
 飼ったところで段ボールは畳めないし、服もしまえないだろ。と文句を言っている間に「よっこらせ」と窓枠を跨いで中に入ってきた。きちんと靴を脱いで手に持って。以前、雨だというのに窓から土足で入ってきた悟を「靴は脱げ」と三十分追いかけまわして殴った甲斐があった。
 いいや、今は靴を脱いでもよくないのだが。
「掃除しているって言っただろ。邪魔になるから帰ってくれ」
「そんじゃ終わるまで団子食って待ってるわ」
「花見用のおやつを今食べるな」
 ああもう、と額を押さえたところでふと気づく。
 そういえばあれ、有効範囲は半径四メートルだったな。
 ふむ。
「しょうがないな」
 わざとらしく首をすくめ、悟の肩に触れる。
 あれの発動条件は、脳内時間で一分経過だったはずだ。なら話題は何にしようか。まとまった時間を思い出せるものがいい。
 まああれでいいか、と振り向いた悟に顔を寄せる。
「それより、昨日寝ちゃってできなかった体位あっただろ」
 意図的に耳元でささやくと、悟が眉を寄せてこちらを見た。
 どれだ、あれか? とか考えている顔だ。悟がパッと目を見開き、ぱちんと指を鳴らした。
「寝バック!」
「獄門疆、開門」
 音声に反応し、机の上にあったそれが開いた。かと思えば悟の体の中心から、開くように生えて拘束する。和菓子を入れたビニール袋が、悟の手から音を立てて落ちた。
 きちんと作動しているようだ。しかし本当にリラックスグッズか、と疑いたくなるような見た目だなと首を捻る。呪物だし仕方がないのか。
 ふむと頷く向こうで、悟が見たこともないくらい怪訝な表情を浮かべていた。
「ハ?」
「掃除が終わるまでそこでじっとしていてくれ。中は快適らしいよ」
「いやこれ、お前。この前通販みてゲラゲラ笑ってたやつだろ、マジで買ったのかよ!」
「悟に邪魔されないで過ごすのにいいかなと思ったんだけど、この手もあったね」
「どっちにしてもひどくね?」
 まあまあ、とあしらい落ちたビニール袋を拾う。
「これでも食べてなよ」と悟に握らせてやると「さっき食うなつったばっかっだろふざけんな」と噛みつかれそうになった。さり気なく距離を取って手を振る。
「じゃあね悟、また一時間後くらいに。そのあとは花見に付き合うよ」
「ふざけんな寝バックやるに決まっ」
「閉門」
 合言葉を最後に、悟の言葉を遮るように箱が閉じた。
 閉まってしまえば元のサイズと変わりない。便利だなこれ、と眺めるように手の上で転がす。中の悟も一緒に転がっていたらどうしようか。そうだったら団子のくしがのどに刺さったりするかもしれない。
 危ないなそっとしておこう、と机の上に置く。
「よし」
 それでは掃除だ、と再び腕まくりをする。
 ところであの箱どうやって開けるんだっけ。