(SMを試みるSでもMでもない爆轟)
爆豪勝己は困惑していた。
ここ数年で一番困っていた、といってもいい。
数多のヴィランを捕まえ、組織犯罪にも対処してきた男が、困っていた。雑魚の浅知恵を見破るなど朝飯前、時には計画的に、時には迅速に正面突破し、立ちふさがるやつを倒し捕まえてきた。
それでも当然、頭を悩ませることはある。人質立てこもりや、地形が複雑な救助現場。難題にぶつかることも少なくない。
だが困ったことはあまりない。
それなのに現在は困るどころか、誰か助けてくれ、とまで思っていた。
そうだ、全くもって認めたくないが、正直助けてほしかった。
ヒーローをやっていて、助けてほしいと思った場面はほとんどない。さっさと加勢しろだの、作戦に頭数が足りないだの、この個性があると話が早いから来いだの、そういうことはある。
だががそれは「助けてほしい」の七文字に該当しない。
「俺はもしかしたら、マゾってやつかもしれねえ」
ソファに座っている轟は、先ほどたしかにそう言った。
今一度反芻してみるも、やはりそう言っていたとしか思えない。マゾに類似する言葉が他にあるのか。
そもそも轟の口から「マゾ」という単語が出てきた事実すら受け入れがたい。驚きのあまり呼吸を忘れたほどだ。ハ、とも、ア、とも唸れなかった。
その上「俺はもしかしたら」の文言までついていたときた。
テメェがマゾの覚えがねェ。
爆豪はとなりに座る、付き合って十年の恋人の横顔を見た。
一緒に暮らしているので、ほぼ毎日見ている横顔だ。昨日となんら変わりがない。
白い髪は蛍光灯の明かりを受け艶めき、灰色の瞳はテレビ画面を見ている。夜のニュースが流れていた。本日の事件をお伝えします、とアナウンサーが話している。
十年分の記憶を一瞬で漁るまでもなく、この男にマゾの気配を覚えたことは一度もなかった。マゾっぽいな、という言葉が思い浮かんだこともない。全くないので、マゾという単語の存在すら、久々に思い出したほどだ。
マゾ、マゾヒスト、被虐性愛、轟焦凍。いやおかしいだろう。
ぐっと眉間にしわが寄る。
明日は二人とも休みだ。休みがかぶるのは二週間ぶり。
つまりこの後、寝室でそういうことをする予定だった。轟は先にシャワーを済ませているから、あとは爆豪が風呂に入るだけ。
確約は取っていないが、なんとなくそういう空気になっていた。十年も付き合っていると、さすがに分かる。鈍い轟ですら察するほどだ。
そのタイミングで、マゾかもしれねえときた。
轟がこちらをむく。横顔が正面にかわったことで、情報が倍に増える。縁起がよさそうで、意外と厄まみれの男だ。こいつを幸せにしたかった。
「だから、そういうプレイをやってみてェんだ」
これを言われる前に口を挟んで、どうにかすべきだったのだ、と後になって思う。驚きと困惑にまみれていて、初動が遅れた。屈辱を感じたほうがいいような場面だった。
けれどもそれよりなにより、マジかよ、という困惑が胸の内にあふれている。轟相手に意地の悪いことはすれども、嗜虐趣味を抱いた覚えはない。やってみたい、と言われて、なにを、と反射的に思うほどだ。
轟は実に真剣な顔をしていた。真摯といってもいい。とてもではないが「SMプレイをしてみたい」旨の発言をした男の顔とは思えなかった。
「は?」
そこでようやく口から音が出た。
轟は少しばかり照れくさそうに頬をかいた。プレイをせがんだことに対してではなく、無知を恥じているように見える。どうしてだ。
「まあ、そういうプレイっつっても、なにがあんのか良くしらねえんだが」
「……テメェもしかして、マンネリだっつってるか?」
「まんねり……なにがだ?」
先ほど「マゾ」の二文字を発したとは思えない、きれいな瞳を向けられた。
時々話が遠回りする男だ。もしや「マゾかもしれねえ」はただの導入で、セックスがマンネリだからSMプレイを取り入れたい、ということかと勘繰ったが、そうではないようだ。
なにかの矜持は保たれたが、問題は一切解決していない。「アー」と唸って額を押さえる。
爆豪は死んでも認めないが、今抱いているこれは、助けてほしい、という感情に他ならなかった。
助けてほしい。
十年付き合った恋人に「マゾかもしれないからSMプレイをしてみたい」と言われたとき、どう対処すべきなのかを教えてほしい。
テーブルの上に置いていたスマホを掴み、立ちあがる。轟の視線が追いかけてきたので「風呂」と答えてその場をあとにした。
風呂に入るのは本当だが、一旦戦場を離脱し思考をまとめたいというのが本音だ。
脱衣所に向かい服を脱ぎ、シャワーを浴び、スマホを掴んだまま湯を張った浴槽に浸かる。スマホは耐水、耐圧、耐火性能に優れたヒーロー向けの端末だ。海の中からでも電話が掛けられる、というキャッチコピーがついたこともある。海の中でも話せる人間は限られているだろうが。
ブラウザをシークレットモードで立ち上げ、歯ぎしりしながら検索窓にワードを打ち込む。万が一履歴を他人に見られたら社会的に死にかねないような内容だ。
そんなものを検索する羽目になった事実にも目眩がする。それでも「却下」の二言で断れず、風呂場に退避し情報を漁る程度に、轟に甘かった。
聞き入れたくない要求をバッサリと切り捨て泣かれる側の爆豪とて、恋人には多少甘い。
画面にずらりと並んだ結果に目を細める。熱
い湯に体を浸しているというのに、背中をひやりとしたものが伝う心地がした。げんなりとして背中を浴槽に預ければ、ざぶっとお湯が揺れて外に流れ出る。「アー」と漏れた呻き声が、湯気に煙る浴室内で反響した。
これをやるのか、轟と。
これを、ともう一度、スマホの画面を見る。
目を細める。眉間にしわを寄せる。目頭を左手で揉む。右手を投げ出す。
言動がヒーローというよりヴィランと言われがちな爆豪は、サディストだと思われていることがたまにある。
泣きわめくヴィランを縛りあげ蹴り転がすことには何の抵抗もないが、性癖という点では至ってノーマルだった。レンジで卵を爆発させた轟をグーで殴ったことはあるが、それは性的嗜好と全く関係ない。
風呂に浸かったのに、余計に疲れた気がする。心労を両肩に乗せ、浴室を後にした。
轟はすでに寝室に移動していた。明るい室内を除くと、ベッドの上に転がっている姿が見つかった。爆豪の気配に、轟が頭を持ち上げる。起きていたか。
いっそ寝ていて欲しかったと思うが、この状況で寝ないとも分かっていた。それでもなお寝落ちしていたこともあるが。
電気を消し、轟のとなりに滑り込む。
「あれ、今日はしねえのか?」
「しねぇ、寝る、疲れた」
テメェもさっさと寝ろと枕を叩く。
轟は「まあいいけど」と不思議そうに口にしてから横になった。向かい合ってしばらくぱちぱちと瞬きをしていると、ふと轟が笑う。もぞもぞと近づいてきて、勝手に人の腕を枕代わりにしてくっついてくる。
「なら明日はその分早起きして、豪華な朝飯にするか。で、どっか行こう」
「だったらいっそ朝飯食いに行くか」
「そういや、近所に七時から開いてる喫茶店あったよな」
「あーあそこか、行ったことねえが」
「俺もねぇ。新規開拓だな」
楽しそうに揺れる声を聴きながら、ゆっくりと瞼を閉じる。
前を通るばかりで、入ったことのない喫茶店。朝早くに開き、夕方には閉まってしまうため入る機会がなかった。
楽しみだ、と思う。
SMプレイの内容が頭に残っていなければ、より楽しみにできたはずだった。
◇◇◇
爆豪勝己は完璧主義だった。
正直やりたくない、と思ったプレイ内容でも、断らなかったからには応じる構えをみせられる。
結果、やるなら徹底的に、という気質が顔を出し、次に休みがかぶるまでの十日間、調べに調べた。
プレイの種類、難度、道具、もろもろ念入りに調べて比較した。人目を盗んで調べものをすることは存外得意だ。なにせヴィランの拠点を襲撃する際、気取られては話にならない。
そして検証の結果、言葉攻めとじらしプレイから始めることにした。
初回だから小手調べなだけだ。決して日和ったわけではない。道具を仕入れる時間もなかった。そもそも轟がどの程度を想定しているのかも分からない。なにせ「なにがあるのかよくしらねえ」と言ったやつだ。
ふう、と息を吐く。明日はお互い休みだ。飯も食べ、片付けも済ませ、シャワーも浴びた。
寝室の電気を消し「今日はやるんだろ」とご機嫌でベッドで転がっていた轟に、覆いかぶさったまではよかった。
しかしこれがなかなか難しい。
暴言が標準装備といってもいい爆豪だが、あれは元からのものだ。わざわざプレイのために、相手の被虐心や羞恥心を煽るべく言葉を選ぶとなると、まったく違った技能になる。
言葉攻めのレパートリーには目を通したが、これを本当に自分が言うのか、とぞっとしたのは記憶に新しい。つい三十分前のことだ。風呂場で確認した。
シネカスクソゴミアホは、挨拶のごとく滑らかに舌にのせられても、この淫乱野郎だのなんだの、まったく思った覚えもない言葉を喉から押し出すには苦労する。
売られた喧嘩は勝ち殺す信条を持っていなければ、とっくに挫折していた。喧嘩でもないのだが。
それよりなにより、この結果を予測できなかったのは落ち度だった。
脳天に、轟のかかとが落ちてきた。
ゴッ、と良い音がして一瞬目の前がちかりと光る。
じんじんと痛む頭頂部を押さえながら、ベッドに手をつく。舌を噛まなかったのは幸いだったな、と冷静に思いながら「ンのやろう」と唸った。
セックスの最中にかかと落としを食らわせるとは何事か。
今まで色々な照れ隠しによる攻撃を受けてきたが、ここまで本気のかかと落としは初めてだ。
付き合って十年、マゾかもしれねえと妙なカミングアウトを受け、SMプレイをしてみたいと言われ、かかと落としを食らう。
こいつが轟焦凍でなければ。今すぐ爆破して窓から投げ捨てていた。
「クソ、んだよ爆豪! 意味分からねェことばっか言いやがって! 誰が淫乱だこの野郎ふざけんな!」
「テメーがSMプレイしてェ、つッたンだろうがよ!」
怒鳴られて怒鳴り返して、二人してはっと気づく。
上半身だけ起こし、これ以上なにか言うなら殴り合いだ、という構えを見せていた轟が、そわそわといずまいを正した。全裸のままあぐらをかいて、眉を下げて首をななめに傾けた。
「今のプレイだったのか……。わりぃ気づかなかった、続けてくれ」
「あー、やめだやめ。続けてどうすんだよ、今の興奮したんかテメェは」
「いやムカついた」
「だろうな」
もっと早くに気づくべきだった。
この男に、言葉攻めを受けて興奮する才能などない。
怒鳴られたら怒鳴り返すし、喧嘩を買いに行く速度は顔に似合わず爆豪同等といっても過言ではない。
プレイと分かって再開したところで、興奮材料にはならないだろう。じらしは嫌いではなさそうだったが、それでもなおかかと落としを食らわせるほど、腹を立てていた。
間違いなく才能がない。少し考えれば気づけたはずだ。SM要素を盛り込むことに気を取られすぎていた。
深々息を吐き、背中を丸める。脳天がまだ少し痛い。
「今日は普通に抱く」
「おう、分かった。つか爆豪、ちょっと萎えてねえか?」
「あれで萎えるなっつーほうが無理だろうが」
性的興奮より、脳天が痛いの方が勝っている。
あぐらをかいた膝の上で頬杖をつくと、轟がもぞもぞこちらに近づいてきた。爆豪の足元で背中を丸める。
「蹴って悪かったな。俺が元気にしてやるからちょっと待ってろ」
「そっちに話しかけてンじゃねえ!」
仕返しのように頭をはたくと「いて」と全く痛くなさそうな呻きが返ってきた。
◇◇◇
こいつは本当にマゾなのか。
そう思いもしたが、なにより爆豪は完璧主義だった。負けたままでいいはずがない。狙うは完全勝利のみだ。
そして明日は、休みだった。
「おい轟、やんぞ」
風呂上がりに声をかけると、ソファでくつろいでいた轟が振り向いた。
「何をだ」
「SM」
「お、ついにか」
言葉攻めでの惨敗からおよそ一か月。
たしかに「ついにか」と言われる程度に日が空いた。
その間にもセックスはしたが、特殊なプレイは織り込んでいない。二連敗を喫するわけにはいかないからだ。「今日はなにするんだ」と好奇心たっぷりに聞いてくる轟に「普通」と答えること三回。
「っし、頑張るか」
ぱんっと膝を叩き、轟が立ち上がる。
どこからどう見ても、今からセックスをするぞという空気ではなかった。長い待機時間の末、出動要請がかかった時の背中に見える。
このあたりで、目的がズレていることに気づけばよかった、とまた後々思うことになる。
寝室に入ると、轟が先にベッドに上がった。爆豪はクローゼットへ寄り道をし、隠していた荷物を取り出す。
「今日は何すんだ?」
「緊縛」
「……っていうと、縛るやつか?」
「おー」
前回が不発に終わった後まず考えたのが、次は何を試すかだった。SMと聞いてパッと思いつくのが、ろうそく、ムチ、縄あたり。
ろうそくは即除外した。個性柄、轟は火や熱への耐性が高い。ろうそくを垂らしたところで、見た目がそれっぽくなるだけだ。本人の体感としては、ローションを垂らされるのとほとんど変わらないかもしれない。
ムチもダメだ。傷ができる可能性があるものは論外といってもいい。そもそも痛めつけたいわけでもない。
ヒーローの体は、なんどきでも万全であるべきだ。プレイで痛めた結果、より大きな怪我につながっては目も当てられない。
ということで縄が採用され、緊縛に至った。
束ねた縄をビニール袋から取り出し、裁ちばさみをヘッドボードに置く。緊急時にはそれで切って終了になる。緊急の呼び出しがかかって、縛られていたから出られませんでした、ではシャレにならない。
「お手柔らかに頼む」
言葉のわりに堂々とあぐらをかく轟の、向かいに座った。
「おら脱げ」
「お、全部か」
「全部」
「まあ確かに、着たまま縛ったらどうにもなんねえもんな」
そうなのだが、そうだとも答えたくない。むすっと縄を解いていると「職人みてぇ」と言われたので、そのめでたい頭をはたいた。
寝間着と下着をすべて豪快に脱ぎ捨てた轟が、先ほどと同じ位置に同じ体制で座る。全裸など何百回もみてはいるが、それにしても一切の恥じらいが感じられない。
果たしてこのプレイは成り立つのか? という疑問が胸の内に湧きかけたが、一旦沈めた。
「腕後ろに回せ」
指示を出してから、轟の背後に回り込む。「捕まえられたヴィランみたいな感じか?」と確認しながら、轟が背後で腕を組んだ。「言い方!」と声を荒らげ座り込む。
まずは縄を半分に畳み、轟の腕に通した。手首同士をまとめるように縄を二回巻き付け結ぶ。
「痛かったりキツかったら言えよ」
「痛かったらって、どんくらいだ?」
「痛いってなったらすぐだアホ」
「……分かった」
本当に分かったのだろうかこいつ、と背中に冷や汗が滲む心地がした。ドッドッと心臓が嫌な脈打ち方をするが、今回の縛り方は辛い体制ではないとされているものなので、縄の張り具合に気を付ければよほど問題ないはずだ。
それに職業柄、一般人よりは人体に詳しい。どれだけ捻ると筋を痛めるかは分かる。
手首から伸びる縄を、肩下に引っ掛け正面へ回す。結ぶこと自体はそう難しくない。縄の扱いにも慣れている方だ。ヴィラン捕縛はもちろん、登山でも使う。まあこの縄はプレイ用のものだが。
普通の麻縄では毛羽立ちすぎて使えない。プレイ用に自分で加工もできるらしいが、家の鍋で縄を煮たくなかったので却下した。
結果、通販サイトに踊る「緊縛入門セット」の文字に衝突する羽目になった。気がどうにかなるかと思った。個人情報を打ち込み、決済を行っているときにも、なぜこんなことをしているのか、と我に返りそうになった。いや返るべきだったかもしれない。
縄が届いて、縛り方の手順を頭に叩き込んでいるころには、それもいくらか薄れていた。というより、完璧主義の面と勤勉さが前面にでていたというべきか。
ふと轟が首を捻って振り返った。
「爆豪手際いいな、もしかしてやったことあんのか?」
「あるわけねェだろブッ飛ばすぞ!」
「ねえのか? ほんとに器用だな」
感嘆する男に向け、ため息を吹きかける。誰のせいだと思っているのか。
無心で淡々と縄を取りまわしていけば、いくらもかからず後ろ手縛りの形ができあがった。
後ろで腕をひとまとめにし、腕を押さえつけるように縄が二周している。女性ならば胸が強調される形になる、らしい。他にも結び目がいろいろと。解説サイトで確認した見た目とほぼ同じ仕上がりだ。初めて縛ったにしては上出来だろう。
縄の張りを確認し、手を放す。轟は興味深そうに、しげしげと縄を見つめている。苦痛はないようだ。
「おら、次は足だ」
「足も縛んのか?」
「かかと落としする奴がいるからな」
「それは謝ったじゃねえか」
むっと頬を膨らませる姿を無視し、もう一本のロープで足首を結ぶ。「体勢変えなくていいのか?」と聞いてくるので「あぐらのまま縛るやつだからいーんだよ」と答える。
基本的な縛り方は腕と似たようなものだ。足首同士を固定するように縄を二周させ結ぶ。それを腰に回してあとはぐるぐると、だ。
ふ、と短く息が漏れる。
多少慣れてきたが、想像以上に気を遣う。関節を痛めないように、痕が残らないように。事務所でヒーローコスチュームに着替えている際に、うっかり痕が見られた日には大問題だ。ヴィランを縛り上げる方がよっぽど楽でいい。
「っし、完成だおら」
「お、すげえなこれ。結構動けねえ」
「当たり前だろー、が」
両腕両足を縛られた轟の肩を押すと「おっ」と間抜けな声を出し、あっさりと背後に転がった。
抵抗がなさすぎて面白くない。
む、と眉を寄せる下で、轟はもぞもぞと体を転がしていた。考えるように瞬きをしながら、腕や足をわずかに動かす。それ以上は動かないのだろう。
「なんだ、どっかいてーのか」
倒れ込んだことで、どこかに縄が食い込んだのかと思ったが「いや」とあっさり否定された。
「もしヴィランにこうやって捕まったら、どうやって縄抜けすりゃいいか考えてた」
「ンな間抜けな捕まり方したらブッ飛ばすぞ!」
轟の額にデコピンを叩きこむと「イッテェ!」とわめいた。
燃やせば脱出できるだろうが、捕縛用の縄は耐火仕様のものも多い。その時のことをシミュレーションしているのだろうが、色気もくそもなさすぎる。
こんなマニアックな縛り方をするヴィランが居たら跡形もなく爆破してもまだ足りないし、そんな間抜けな捕まり方をした轟のことも殴る。
クソみたいな想像をさせんなふざけんな、と牙をむくが轟は気にせず「クソ、デコ痛ェのにさすれねえ」ともがいていた。
深々とため息を吐き、あぐらをかいて頬杖をつく。
気が抜けた。前もこんな感じだったな、とぼんやり思い出す。
「……まあ、言葉攻めよりは楽しそうなんじゃねえの」
それ、と轟の股間を見ながら指摘する。
キレてかかと落としを食らわせてきた時と比べると、いろいろな意味で盛り上がっているように見える。それを轟も自分で確認して、はっとしたように照れた。
緊縛はありなのか、ついに当たりか、と一瞬なんらかの期待が胸に湧き上がったが、まあ違った。
「爆豪がすげぇ真剣な顔してたから、ついドキドキしちまった」
「縄ァ関係ねェじゃねえか!」
クソ、と最後に大声で叫んで脱力する。
縄抜けについて考えているやつに対して、今回はいけたか、と期待した方が間違っていた。
ヘッドボードに置いていたハサミを手に取り、じゃきんと縄を切る。
「え、切っちまうのか?」
「動けねえテメェ抱いてもおもしろくねーからナシ」
ざくざくと複数個所を断ち切り、ごろんとベッドに横になる。動けるようになった轟が、体にまとわりついている縄を取り去っていく。ほらみろ、なんの感慨もなさそうだ。
そして今更、肝心なことを掘り返す。
もうこれ以上このプレイに付き合いきれないと、悟ったともいえる。
「つかテメェ、ンでマゾかもしれねえとか言いだしやがった」
全然違うじゃねえかフザケンナよ、と睨むと「俺ってマゾじゃねえのか?」とすっとぼけた返事があった。
「テメェのどこがマゾなんだよ」
マゾっけを感じたことなど一切なかったが、やはりないじゃねえか。と口の端を引きつらせる。轟は記憶を掘り出すように首を傾げた。
「前に事務所のやつらと飲みに行ったときに、そういう話になったんだ」
縄を解き終えると横に寝そべってきた。言われてみれば、マゾかもしれねえと言いだした数日前、飲みに行っていた。事務所の同期とか言っていなかったか。
「そん時に、爆豪ってサディストっぽそうって言われて、ピンとこねえなって」
分かってんじゃねえか、とは言わないでおいた。
「俺はサディストっぽくなさそうっても言われてな」
「だろうな」
「けどマゾの才能はあったりして、って言われて、そうだったのか、って思ったんだ」
「……は?」
「けど違ったのか」
どっちの才能もねえんだな、とぼやいた轟が胸筋の上に頭を乗せてきた。
上目遣いの色違いの瞳と目が合う。
「今から普通にするか?」
それとも寝ちまうか、と聞かれたので、こう答えた。
「そいつを殺す」