棺桶の行き先

(ハロパロ/夜の生き物シリーズの爆轟)

 

 
 
 

 前回までのあらすじ。
 色々あってつがいのふりをして同居を始めることになった。

 
 
 食料食器その他もろもろはまあいいとして、最低でもあとベッドが必要だった。
 今あるベッドは人狼一人が寝るには十分だが、吸血鬼もう一人添い寝させるには狭い。ぎゅうぎゅうにくっついて眠るのは論外、いつまでもソファに寝かせておくのも気が引ける。
 渋々、しょうがなく、つがいのふりをして同居をするとはいえ、こうなった責任の一端を担っていた。ゆえにあまり無碍にもできない。
 そういうわけで吸血鬼を連れ、城下町にベッドを見に来ていた。
 魔女の城下町には様々な種族が住むため、家具も豊富に取り揃えられている。小人用の手のひらサイズのベッドから、部屋かと思うほど大きなベッドまで。
 そこに紛れて、ちょこんと棺桶が置かれていた。そういえば吸血鬼は棺桶をベッド代わりにすることもある、と聞いたことがあるような、ないような。
 今までこの城下町に吸血鬼が居たことはないはずだ。なら新しく入荷したのか。それともただ純粋に、棺桶が寝具コーナーに紛れ込んだのか。
 物珍しいのか店内をフラフラしていた轟に向け「おい」と呼びかける。はっとしたうるさい色の吸血鬼が、ブーツの底を鳴らしながら駆け寄ってきた。
「良いのあったか?」
「ちげぇ。あー、ベッド買うっつったが、テメェは自前の棺桶とか持ってねぇんか。城にあんなら、家に持ってきてもいいぞ」
「え、あ、えっと……」
 意気揚々、好奇心旺盛といった様子だった轟が、なぜか顔を赤くしてしどろもどろになり始めた。
 なんだそのツラ。もしかして棺桶で寝ているとバレるのは恥ずかしいことなのか。他種族のことはよくわからないものだ。
 轟がそわそわと首筋を押さえながら、こちらに視線を向けてきた。
「お、俺は棺桶で寝てねぇんだ、だからない、大丈夫だ、その、ありがとな」
「ア? ならベッドでいいんか」
「おう……」
 ならいっそ気になっていた少し大きいベッドを買ってしまうか。他の家具との調和も取れる。轟に見せて承諾を得られたら買おう。いや承諾などいるのか、同居しているといえあの部屋は自分のものだ。
 そんなことを考えながらハッと顔を上げると、この店の店主と目が合った。口元を手でおおい、目を丸くしている。
 なんだそのツラ、と先ほど思ったばかりの言葉がもう一度湧いてくる。嫌な気配がして店の中を見回すと、同じような顔をしてこちらを見ているやつが複数いた。
 人狼と吸血鬼の組み合わせがそんなに珍しいかと舌打ちしそうになる。どうにかこらえて目的のベッドを轟に見せ「いいと思うぞ」ともじもじするのを睨みながら会計を済ませ、配送を依頼して帰った。
 しかし問題はこの数日後からだった。
 城下町のやつらの視線が、いちいちうるさい。
 好奇心や物珍しさならまだしも、なぜか生暖かくて気色が悪い。牙をむきながら通りを歩いていれば「吸血鬼さんはどうしたの」と声を掛けられる。怒鳴りそうになるのを歯ぎしりをして耐え「家に居る」と答えてやり過ごす。
 何なのかこれは。
 人狼と吸血鬼が一緒に歩いていても、魔女の仕業と聞けば納得するのがこの町のやつらではなかったのか。イライラしながら必要な食材を買いそろえ、住処に戻る。
「ただいま」と部屋に上がれば「おかえり」の声がなぜか二種類聞こえた。
 魔女がいた。
 魔女が優雅にソファで紅茶を飲んでいた。あまりの珍しさに絶句し、それから沸々と怒りが湧いてきた。
「ンで人ン家に居やがる!」
「そんなこと言っていいんかな。私はここ数日、爆豪くんが悩んでいただろうことへの答えを持ってきたっていうんに」
 立てた人差し指が思わせぶりに振られ、さらに苛立つ。
 肉と魚を冷蔵庫に押しこみながら「なんも悩んでねェ!」と声を荒らげる。
「いやー、最近城下町のみんなが温かい目で見てくるでしょ」
「ア? それがなんか関係あンのかよ」
 まさか魔女の仕業か。なにか流布しやがったのかと睨んだところ「轟くんに棺桶のこと聞いたでしょ?」と言われて面食らう。
 何故その話を知っているのか。訝しみながらも、事実だっただったため頷いて答える。
 そこで魔女は優雅にティーカップを持ち上げ紅茶に口をつけ、それからこちらを見た。仕草がムカツク。
「棺桶持ってきてもいいよ、って言ったんよね」
「……ンな言い方はしてねェ」
「でも似たようなことは言ったんよね」
 それは確かに言った。
 そう問われて改めて考えてみると、あの直後から轟の様子はおかしくなったし、城下町のやつらの反応も生暖かくなった。
 だがそれがなんだと眉間にしわを寄せれば、魔女がすっと息を吸い込んだ。
「実は吸血鬼に棺桶の場所を聞くのって、ちょっと古風な言い方になるけど、まあプロポーズに当たるんよね」
 そう言われ、思わず目を細める。
「寝床やし、こう歴史を色々紐解くと、棺桶で寝ているところを杭で刺されて殺されるとかあったし。だから、貴方の命を私に預けてください、みたいな意味になるらしいんよ」
「……は?」
「つまり爆豪くんは、お前の命を俺に預けてくれずっと一緒に暮らそう、みたいなことを言ったことになるんよ!」
 魔女にずばっと指さされて「ンなもん知らねえ!」という大声が部屋いっぱいに響き渡った。なんなら空いていた窓からもれて外にも伝わったと思う。
 知らん。そんな意味の分からない吸血鬼ルールは知らん。
「ンな吸血鬼古典知るかふざけンじゃねえ!」
「爆豪くんが知らなくても、城下町のみんなは公開プロポーズに湧いたわけよ。あの人狼が、あの爆豪が、みたいな感じで今大盛り上がりしとる」
「ざけンなよ……ンで城下町のやつらが知ってて、この俺が知らねェんだよ……」
「そりゃ、轟くんが城下町に住むってなった時に、吸血鬼あるある講義を大々的にやったからだし」
「シラネェ!」
「だって爆豪くんおらんかったし」
 たしかにいなかった。冬の城に乗り込もうと出かけていた。様々な因果が回り回ってそこに居る吸血鬼に収束しているのではないかと思うほどだった。
 優雅なティータームを進める魔女から視線を外し、その向かいでのんきにマフィンをほおばっている轟を睨む。
 お前もお前だ。誤解を解く努力とかしろ。なに照れていやがった、ふざけるなよと喉を鳴らして威嚇するが、吸血鬼は首を傾げた末マフィンを差し出してきただけだった。ダメだ。
 この吸血鬼と出会ってからめちゃくちゃだ。勝手につがいにされるし、誤解に誤解を重ねて広まった。あきらめたほうが早いな、と無になってきたところで、魔女がパンと手を叩いた。
「でも良かったやん。つがいのふり大成功! 城下町の皆もラブラブバカップルだと思っとるよ」
 結果オーライ! とサムズアップされ、沸点が限界を迎えた。
「フザケンナ!」という怒鳴り声が城下町中に伝わり、それがなぜか、はじめての痴話げんかだと認識され、翌日「これ持って行って仲直りしな」と大量の食材を押しつけられる羽目になった。
 意味が分からん。
 しかし一番意味が分からないのは、つがいのふりをさせられても、公開プロポーズの誤解を受けても、特に気にせずのんきに飯を食っている轟なのだが。