MHA小ネタつめ2021

 
  

211017

 ぐつぐつと煮える湯の中に蕎麦をくぐらせ、冷水でしめる。薬味を刻む。盛り付けをする。
 それらを無心で行っていた。今この瞬間くらい何も考えたくない。帰ってきた轟が蕎麦の気配を感じ取り、軽やかに動き出す想像しかしたくない。そんな日もある。クソみたいな日も、たまにある。
 ほどなくして「ただいま」と轟が帰ってきた。
 あいつのセンサーは不思議なもので、そう匂う食べ物ではなかろうに、家に上がった瞬間から蕎麦を察知する。いつもより気持ち早い歩調で駆け込んできて「ただいま、爆豪、今日は蕎麦か」と目を輝かせて覗き込んでくる。おー、そうだ、おかえり、支度しろ。の言葉を並べて、食卓に蕎麦を用意する。
 素早く身支度を終えた轟が滑り込んできた。椅子に座って規則正しく手を合わせ「いただきます」と言って箸を持ち、蕎麦をすする。
 一見、なんの変哲もない轟だ。
 蕎麦を食う轟など、学生時代から飽きるほど見てきていた。昔は「今日も蕎麦食ってんなこいつ」くらいだったのだが、今となっては好物を食っている顔だなと分かる。
 蕎麦を食っている顔と、蕎麦ではないものを食っている顔を並べて、マジマジ見比べないと分からないくらいの差だったはずなのに、いつの間にか分かるようになってしまっていた。照れくさくなってくる。
 その間にも轟は途切れることなく蕎麦をすすっていた。この情熱と食い意地がこいつのどこから出てくるのか。
 小食そう、パスタを食べていそう、名前も知らないオシャレな外国の料理を食べていそう、などの評価を得る顔だが、その実いつでもどこでもしっかり食事をとるし、蕎麦に大しては特大の情熱を見せる。
 どれほど疲れていようとも、どれほどクソな現場におくられようとも、飯を残すところを見たことがない。時々見ている側が胸やけを起こす。今日はその逆で、食いっぷりを肴に飯を食っているみたいなものだが。
 思い出したように自分の取り分をすする。その間に轟はほぼ食べ終えていた。最後の塊をつるんとすすり終えると、ふと思い出したように首を傾げた。
「爆豪今日どうしたんだ。なにかあったか?」
 問いかけを無視して別の皿に避けていた蕎麦を轟の皿に移すと、こちらと見比べた末再びすすり始めた。
 食べ終わるとまた「爆豪?」と聞いてくるので蕎麦を盛る。それを繰り返していると、蕎麦をすすったまま「いやさすがにこれ以上はいらねえ」と言った。
 何度見てもどうやって喋っているのか分からない。蕎麦に対してのみ器用さがすごい。そしてもういらないというが、そもそも蕎麦はもうなかった。分かって言っているのではなかろうか。
「アー、なんでもねェよ!」
「そうか? いや、そんなことねえだろ」
「なんでもねえって言ってンだろ」
 きれいに空っぽになった皿を見るころには、落ちていた気分もきれいさっぱりとまではいかないが、どうでもいいことだったなくらいに持ち直していた。
 両腕を上にあげ、ぐっと体を伸ばす。向かいに座った轟が、蕎麦をいっぱい食べて大変満足だが、なにか腑に落ちない、という顔をしていた。
「いや爆豪やっぱなんかあったよな。最近なんかあると俺に蕎麦いっぱい食わせてんだろ。なんなんだ」
「チッ、もう気づきやがったか」
「やっぱなんかあったんじゃねえか。話なら聞くぞ」
「蕎麦湯いるか?」
 そう問いかけながら席を立つ。話をそらされそうになっていると気づいた轟が、眉を寄せて答えた。
「飲む」

   

210806
「焦凍おかえりー。爆豪くんもいらっしゃい、寒かったでしょ。早く上がって」
 冬美の声が、玄関から聞こえてくる。
 家にはすでに家族がそろっており、あとは焦凍がここへやってくるだけだ。
 クリスマスがすぎ、年が明けるまでのわずかな時間。年の瀬だというのに仕事に空きができ、こうして家に戻ってくることができた。いや、空きができたのではなく、空きを作らせてしまったというべきだろうか。
 つい数時間前、サイドキックに送り出されるように、急かされるように仕事を終え、家に帰ってきた。以前より落ち着いたとはいえ、家族が集まれる機会は少ない。部下に気を遣わせてしまったな、とすまなく思う反面、素直にありがたく思っていた。ついぞなかった時間だ。
「ふふ、今年はこたつを買ったの。いつもの部屋に置いてあるから入って待ってて。お父さんももう帰ってきてるし」
「こたつっつーのはンな大所帯で入るもんじゃねぇだろ」
「おっきいの買ったから大丈夫! それで今日はね、真ん中にお鍋を置くんだ」
「味は」
「キムチもあるよー」
「よし」
「しめは蕎麦か?」
「キムチに蕎麦入れンなしばくぞ」
「あはは、お出汁のお鍋と二つ用意してるから大丈夫だよ。そっちに蕎麦入れよっか」
「うん」
「それじゃあ、あとちょっと待ってて。もう運ぶだけだから」
 軽やかな会話が止まると、二つ分の足音が近づいてきた。もう一つは別の場所へ、台所の方に向かっていく。冬美がそちらに向かったのだろう。
 部屋の前で足音二つが止まる。ふすまが開くと冬の空気が廊下から吹き込んできた。そこに焦凍と爆豪が立っていた。
「夏兄、ひさしぶり、元気にしてた?」と夏雄に向け声をかけながら、焦凍がこたつに滑り込む。ふすまは爆豪がしめた。
「元気元気。焦凍も元気そうでよかった。いつもテレビで活躍見てるよ」
「お、そういわれると、ちょっと照れくさいな」
「おい、焦凍」
 さきほど現場であったばかりだが無視はするな、こちらにもなにかないのか。と声をかけようとすると「足引っ込めろただでさえデケェんだから」とこたつに入りかけた爆豪に文句を言われた。「む」と唸って伸ばしていた片足を引っ込める。空いた隙間、向かいに爆豪が座る。焦凍と横並び、俺の目の前だ。
「母さんは?」
「冷なら台所だ」
「なら手伝ってくる」
「あんま行っても邪魔だろ、ちょろちょろすんな座っとけ。片づけは奪う」
 腰を浮かせた焦凍を、爆豪が掴んで戻す。不満そうに眉をよせた焦凍に対し「皿も箸ももう出てんだろ、鍋持って廊下で鉢合わせるほうが邪魔だ。最初から行きゃよかった」と鼻を鳴らしてから、両手をこたつの中に押し込んだ。冬でもヒーロー活動に支障はなくなったとはいえ、寒さは得意でないのだろう。
「そうだな」と素直に答えた焦凍が首をすくめる。それを見ていた夏雄が、おかしそうに口元を緩めていた。
 平和だ、などと思う。こんな光景をみられる日が来ると思っていなかったのだと思い知る。
 じわりと涙腺が緩みそうになるのを、燃やしてこらえる。歳をとると涙もろくなるというのは本当なのかもしれない。
 そんな事情はお構いなしに爆豪が舌打ちをした。
「家ン中で火ィだすな。親子そろってテメェらは」
「おい、まとめんじゃねえ」と焦凍がくってかかる。
 今年ものこりあと数日。こうして家族と過ごす時間を持ち、また新しい年を迎えることができる。それを喜ばしいと思える。
 ふ、と息を吐き笑えば、向かいで焦凍と爆豪が怪訝そうにまゆを寄せていた。
 ところで何故、ここに爆豪がいる。
 今日は家族団らんの日ではなかったのか?

   

210604

 今週のダイナマイトキッチンのお時間です。本日はダイナマイトの同期で人気若手ヒーロー、ショートがゲストとして来てくださっています。
「ばく、イッテ。……えっと、ダイナマイトの料理はうめぇから楽しみにしてきました」
「今日はせっかくだ、コイツの個性を使ってメシを作る」
「分かった。じゃあ俺はまずはなにしたらいい」
「火っつうまでじっとしてろ」
「マジか」
 イケメンヒーローと名高いショートをキッチンの隅に立たせたまま、ダイナマイトが調理を開始しました。
 今日も綺麗な包丁さばき、そして無駄がなく素早い調理が進んでいきます。個性の使い方によく似ていますね。本人の性格が出ているとも言えそうです。
 せっかくなのでショートにお話をうかがってみましょう。ダイナマイトの手料理を振る舞われたことがあるそうですが、どんなメニューだったんですか?
「え、色々」
 何回も作ってもらっているということでしょうか。本当に仲がいいんですね。では、その中で一番好きなメニューを教えていただけますか。
「蕎麦、ですかね」
「こいつにメシのこと聞いたら蕎麦しか言わねえぞ」
 ショートは蕎麦好きを公言されていましたね。
 さてダイナマイト、口を挟みながらも着々と調理を進めています。ですが、解説をしてくださらないので、なんの工程なのかはよくわかりません。
 今週ももちろん、出来上がるまでダイナマイトがなにを作っているのかは不明なままです。解説であるわたくしも知りません。魚をさばいていることだけは確かです。
「今日のメシなんだ?」
 ここでショートが果敢に切り込みます。棒立ちのイケメン、哀愁すら感じます。
「ウッセェ黙っとけ」
 まさかの一蹴。ダイナマイト、同期にも容赦がない。同期だから容赦がないのか。とはいえダイナマイトでもゲストによっては時折答えてくれます。肉料理か、魚料理かくらいですが。
「おい、火」
 ようやくショートの出番のようです。素早くショートがダイナマイトの真横に駆けつけます。相当手持無沙汰だったのでしょう。凛々しい表情からやる気がうかがえます。
「いいか、これを、素早く強火でさっと炙れ」
「素早く、強火で、さっと」
「焼きすぎて丸焦げにしたらしばく」
「分かった」
 ショートが深呼吸をし、左手を構えました。イケメンの真剣な表情で、アッツ! アッ! カメラ!

――おそれいりますがしばらくそのまま少しお待ちください
  

 この前のダイナマイトキッチンヤバかったよね。卓上丸焦げだったじゃん。フライパン溶けるってなに。あれダイナマイトじゃなかったら死んでんじゃないの。でも耐熱ボールだけ無事でウケた。あれ何度まで持つわけ。

  

 ご注文殺到による商品販売停止のご連絡

 弊社商品を購入検討、お問い合わせいただきまして、誠にありがとうございます。
『超特殊耐熱ボール』はご好評いただき、商品供給のご要望にお応えできない状況に至りました。特殊な素材を使用しており、大量生産が難しい商品となっております。そのため誠に勝手ではございますが、当該商品の販売を一時休止させていただきます。
 大変ご迷惑をおかけ致しますが、何卒ご理解くださいますようお願い申し上げます。

   
210402

 付き合ってこの方、爆豪に名前を呼ばれたことがない。一度も、いや、家に行くと轟しかいなくなるから、しょうがねえなみたいな呼ばれかたをしたことはある。照れくさいのかと思ったが、どうもそうではないらしい。いい加減名前で呼んだらどうだ、付き合って何年だ、そもそも一緒に住んでもう何年だ、十年でもきかないぞ、このごうじょっぱりめ。爆豪が怒りだして自棄くそみたいに呼ぶんじゃないかと、ギリギリを攻めたこともあるが、やっぱりダメだった。しょうがねえなあみたいな顔をして「轟」と口にする。まあいいけれど。俺も爆豪って呼ぶから。