(爆轟)
爆豪と海外旅行で海に来た。まではよかった。
しかし二人ともヒーローであるからか、不思議なことに出かける先々でヴィランに遭遇する。疫病神か? 俺がいるからヴィランが出るのか? などと思ったこともあるが、そんなことはない。
実際爆豪に「俺は疫病神なのでは?」と相談を持ちかけたこともある。するとその三日後、丁寧にまとめられたスライドショーを用いて、三十分かけ「現代日本においてのヴィラン発生率とその分布について」みっちり語られた。
観光地にはヴィランが現れやすい。そもそも人の数が増えると相対的にヴィランが紛れ込む確率が上がる。ヒーローは職業柄怪しい動きをするやつが目につきやすい。結果人の多いところではヴィランを発見しやすい。云々。結論としては「テメェだけがヴィラン遭遇率が高いわけじゃねェ、思いあがるなこの舐めプが」で締めくくられた。なんとなく腑に落ちないでいると「ヴィラン遭遇率でいえばテメェはオールマイトの足下にこれっぽっちもおよばねェ、悔い改めろ」とまで言われた。それは確かに間違いない。そしてオールマイトを疫病神とは呼ばない。つまり俺も疫病神ではない。以上証明終了である。
そして今日もまた、ヴィランに遭遇していた。
最早ここまでは良くあることといっていい。「いくぞ」の一言で踏み出せば「なに仕切ろうとしてやがる」と爆豪に文句を言われるまでいつも通りだ。
今回のヴィランの個性は波乗りで「水があるところでは誰も俺に追いつけねぇ!」と高らかに宣言していた。教えてくれるとは素直なやつだなとつい感心してしまう。
実際かなり早かった。海の家の売り上げを盗み、観光客の財布を巻き上げ、海水浴を楽しむ観光客の隙間を器用に通り抜け、水しぶきを上げながらあっという間に遠ざかっていった。
しかし俺達二人がいて、追えないものもない。
「轟足場!」
「俺は足場じゃねェが分かった」
応えるように、氷の発射台を生み出す。駆け上がる爆豪の背中を、規模を調整した熱波で送り出してやる。
大砲かロケットかのように爆豪が空中へと飛び上がり、上空で爆破の勢いを追加。
そのままあっという間に見えなくなった。
高速追跡を目的とした連携技の一つだった。爆豪一人でも十分追いつけるだろうが、今回は周りの人が多すぎる。追いつこうとすると、爆破の衝撃が観光客に及びかねない。そういうわけで氷で高さを出し、回避させた。
普段のヒーロー活動時なら爆豪を追うところだが、今回は仕事中ではないし、ヴィランもただ早いだけだ。あっという間に捕まえて終わりだろう。
通報だけしておくかと携帯端末を取り出しながら、ここが異国だったことを思い出す。困った、警察の電話番号が分からない。
そんな時、遠くで爆破の光が見えた。どうやら終わったらしい。急いで売り上げを盗まれた海の家に向かい「もうすぐヴィラン連れてこられると思うから、警察を呼んでくれ」とお願いして戻る。
戻って、海を見る。
氷の発射台にこどもが群がっていたので「危ないからだめだぞ」と必死に追い返しながら、炎で溶かしていく。
海外だからか「ショート」と声をかけられることもなく、観光客からは遠巻きに見られているだけだ。
個性を使用しているが何者なのか、という視線だ。免許はありますプロヒーローですと大々的に名乗るほどの状況とも思えず、立ち尽くす。違法に個性を使うな警察に突き出してやる、くらい言われたら名乗るのだが、今のところただ見られているだけだ。
爆豪はまだだろうか。ぼーっと立ち尽くして海を見る。泳ぐか。でも一人だし、移動をしたらはぐれてしまうかもしれない。
問題は、その後ニ十分経っても爆豪が戻ってこなかった、ということだ。
暇のあまり、近寄ってきた子どもに氷の滑り台を作ってやったりした。溶けたとき危ない形にならないよう気を遣った造形にした。いつ爆豪が戻ってきても、これを放置して帰って大丈夫なようにだ。
しかし戻ってこない。
遅い。遅すぎる。さすがに探しに向かった方がいいのだろうか。実はヴィランを捕まえ損ねてまだ追っているのではと考えるが、その可能性は低いだろう。そうだったのなら、観光客伝手に焦りや恐怖、または好奇心や野次馬魂がここまでも漏れてきているはずだ。
現状そんな空気は全くなく、ビーチ一帯には浮かれた空気だけが満ちている。そんな中一人でぼんやり立っているのが俺だ。氷の滑り台を二基に増やしたことで、目の前が保育所じみてきていた。
爆豪と海外旅行で海に来たのではなかったか。自信を失いはじめたところに「散れ! ついてくんな!」という日本語が飛び込んできた。
爆豪が飛び去った方向から、人の群れがこちらに向かってくるのが見えた。
「ん?」と思わず首を捻って目を凝らす。
カメラやマイクを構えた人と、水着姿の老若男女の中心に、爆豪がいた。どうやらメディアに取材を申し込まれながら、その他大勢に囲まれているらしかった。
爆豪が英語で「バカンスに来ているって言っているだろ。取材も受けない何回言わせんだ人を待たせてんだよ」という旨の内容を叫んでいる。爆豪の声が大きくて分からないが、メディア側は「日本のヒーローなんですよね」だとか「流星のようでした」とか「海水浴場の取材がまさか」とか言っている。
別の取材で訪れていたところ、颯爽と爆豪が現れヴィランを捕縛してみせたので、そちらに興味を移した、とかだろうか。
分かるぞ仕方ないよな爆豪はカッコイイからな、と頷きたくなる半面、もしやニ十分も爆豪が戻ってこなかったのはお前らのせいか? という疑念が持ち上がる。
爆豪と遊びに来ているのは、俺なのだが?
そこでふと、爆豪と目が合った。そして指をさされる。「あいつと一緒に海に来ている、お前らに構う時間はない」と爆豪が英語でまくしたてると、取り巻きの視線が一斉にこちらを向いた。少し怖い。
「イケメン!」という旨の合唱がこちらに飛んできて、思わずのけ反る。
同時に爆豪が走り出した。力強く砂浜を踏みつけて、あっという間にそばまでやってくると、腕を掴まれた。一切減速しないまま掴まれたので、半ば引きずられるようにして走り出す。
「おい、爆豪!」
「いいから走れ!」
振り切るぞ、という声に急かされ並んで走る。
「急ぎか、ならあれやるか? 緊急脱出用の合わせ技」
氷で作った道の上を、爆破と熱風の合わせ技で高速離脱する技を提案する。二人そろって離脱するにはあれが一番早い。直線距離が必要という難点があるのだが、ビーチは丁度いい。今向かっている方向は海水浴場から離れるほうなので、人もまばらだ。
「そこまでしなくていい。モブはンなに早く砂浜を走れねェよ」
「確かに、だいぶ離したな」
走りながら振り向くと、あまたの脱落者の影と、未だ粘って走り続ける汗だくの記者の姿が見えた。
「そこのイケメン、せめて名前を教えて!」
息も絶え絶えな中、最後の力を振り絞って記者がそう叫んだ。頑張っているな、名前くらい教えてやるか、と悩んでいると爆豪に押し退けられた。
「俺ンだ! 近寄ンな!」
そう真横で叫ばれて、耳がキンとした。眉を寄せながら「それはもしかして、独占欲ってやつか?」と聞いてみたら、背中を叩かれた。けっこう痛かった。
そのまま逃げ切って、ある程度のところで速度を緩め、ゆっくりと歩き出す。
「かなり目立っちまったし、ビーチには戻れねえな」
「海外まで来たらお忍びデートできると思ったのにな。難しいもんだな。いっそ無人島とか買うか?」
「ンでそうなる」
「無人島なら誰もいねェし、二人っきりでゆっくり浜辺で過ごせるんじゃねえか?」
小さなログハウスなど建てて、食料を十分持ち込み、三日ぐらい過ごせる別荘にするとかどうだろうか。そう提案したところ、爆豪はありかもなという顔を一瞬見せたのち「無人島なのにヴィランが潜んどる、っつーオチがつきそうだな」と顔をしかめた。それはありそうだ。
「捕まえたヴィランと三人でバカンスは、ちょっとな」
「すぐ引き渡せや警察に。ヘリで迎えに来させろ」
結局そのあとはホテルに戻った。
最上階にあるプールに行く案も持ち上がったが、そこまで泳ぎたいわけでもなかったので、部屋に帰ることにした。
そのまま二人仲良く浴室に直行する。お互い海水でべたべただったので、それ以外に選択肢がなかったともいえる。べたついた体のままその辺を触ったら、間違いなく爆豪に怒られる。というわけで、湯を張りに向かった爆豪の背中に続く。
浴室は二人で入っても窮屈さを全く感じさせないほど広い。ラブホより広い。浴槽にも並んで入れそうだ。
どぼどぼと湯が注がれていく音と、爆豪の背中を眺めながら、パーカーと水着を脱ぎ捨てる。二枚脱ぐだけで全裸だ。
素足で浴室のタイルを踏むと、ぺたぺたと間抜けな音がする。爆豪はまだ水着を着たままだ。脱いでから入ればよかったのになと思いながら、そのウエストゴムに指を引っ掛けて引っ張る。素早くも緩やかな爆豪の裏拳を食らいながら、カッと目を見開く。
「爆豪、日焼けしてるぞ!」
「セクハラしてんじゃねェぞ」
腰を指さすと、シャワーヘッドを向けられ湯をかけられた。「うわ」と目をつむるが、丁度いい温度だったので、そのままじっと浴びる。海水のべたつきが流れて気分がいい。
お湯が止まったので目を開けて髪をかき上げると「洗ってやりたかったわけじゃねぇンだわ」と文句を言われた。それは知らないが。
「お、よく見たら俺も日焼けしてるな」
多少さっぱりした腕を見ると、パーカーの袖の位置に境目ができていた。太ももにも、水着のあとがついている。
「ほら見ろ、半袖にしておいてよかったろ」
「そういやそんなこと言われてあれにしたんだったな。なんで半袖のほうが良かったんだ?」
「そこならちょうどコスで隠れるだろ」
「ああ」たしかに。
水着は旅行の直前に一緒に買いに行ったのだが、長袖はやめろそれか上を着るのを諦めろ、と念押しされていた。こういうことだったのか。
「てことは、爆豪が上着きてないのはそれか」
「そういうこった」
「確かに爆豪は腕丸見えだもんな。日焼けあったらちょっとだせェよな」
ということはつまり、爆豪の日焼けの境目を見られるのは自分だけということだ。優越感ってやつだなと思いつつ、再度爆豪の水着に手を伸ばす。しかし脱がす寸前で避けられた。
「俺には見せてくれてもよくねぇか」
「いーからさっさと頭洗っちまえ」
もう一度シャワーヘッドを向けられた。
なぜなのか。見せてくれてもいいじゃないか。減るものでもないし、世界中の誰がだめでも俺だけはいいはずではないのか。
むっとしながらぎゅっと目を閉じると、不意に滝のように浴びせられていたお湯が止んだ。けれど水音はまだ浴室内に反響している。なんだこのまま頭も洗ってくれる気なのかとうっすら目を開けようとしたとき、なぜかキスされた。
触れ合う唇の縁を、お湯が伝って落ちていく。
今そういう感じの空気だったかと、不思議に思いながらも受け入れていると、首の後ろを掴まれてさらに引き寄せられた。
爆豪は少ししょっぱかった。唇をすり合わせ、舌を絡めるころにはそれも薄まって、ほとんど分からなくなる。唇の隙間から漏れ出る水音は、シャワーの音に飲まれて聞こえない。それを見越して出しっぱなしにしているのかもなと冷静に考える一方で、じわじわと熱が下に集まっていくのが分かる。
わずかに顔を背けて「ばくごう」とささやく。
「俺だけ丸見えなの恥じぃから、早く脱いでくれ」
もぞもぞと動いて視線を下に向ける。爆豪はまだ股間を隠すものがあるが、こちらは何もない。勢いよく脱いだのは自分だが、ただ一緒に風呂に入るだけと、そういうことをする前提では、同じ全裸でも心構えが違う。
早くしろと水着に向けて手を伸ばすと、また避けられた。
「ここではヤんねェぞ」
「ハ? 嘘だろ」
「早く頭洗ってちゃんと髪乾かして外にでろ!」
「一回ヤってから頭洗っても一緒じゃねえか?」
「一回したら収集つかンくなるからナシだ! 塗れたままベッドに上がるのゼッテェ許さねえからな、はよ風呂を上がれ!」
ハア? という声が大きく風呂場に反響した。ここ半年で一番大きな声が出たと思う。
たしかに爆豪は寝具が濡れることを嫌がる。というより、濡れたまま物に触ると怒ってくるようなところがある。
髪をちゃんと乾かせと言われた回数は、両手両足の指を使っても足らないくらいだ。乾かすのが面倒な時は、ドライヤーを持って爆豪に近づいた方が早いことすらある。怒るが乾かしてくれるので。
そうではなく、そうではなくて。
「だったらなんで今キスしたんだよ! そういう気分になるだろ!」
「ウルッセェ! アホみてぇなツラで目ェ閉じてんのが悪ィ!」
「アホみてぇなツラに欲情すんなよ!」
「いいから早く頭洗って外に出ろや!」
これから乱闘でもするかのような応酬をしながら、結局トリートメントまでされた。「海水で髪が痛むだろうが」ではない。バカンスをしにきた先で、セックスより優先されるトリートメントとはなんだろうな。
欲情したことに対しては否定しなかったくせに、劣情を黙らせてキューティクルへのこだわりを見せられる爆豪の下半身は、いったいどういう理性をしているのか。
しかし、謎の耐久を行ったからか、ベッドまでたどり着いた後は盛り上がった。陽が高いうちからするセックスはなんか贅沢な気がする。それと、ベッドが広いのもよかった。大の字になっても余りあるほどの解放感があった。つられてプレイも少し開放的になった。
満足したというか疲れたというか、もうこれくらいにしておくかとなるころには、すっかり陽が落ちていた。大きな窓の外で星が光っている。
「腹減ったな」
急な欲求が沸き上がり、むくっと起き上がる。性欲が満たされたら食欲とは現金なものだ。爆豪はだらけるように寝そべったまま「まあな」と怠惰に頷いた。
「そうだ、このホテルってバーベキュー場あったよな」
「こっから肉焼くンか」
「火加減は任せろ」
「今日はもう面倒くせぇからレストランでいいだろ。せめて明日にしろや」
「爆豪、なんかお疲れだな」
「こっちはンでテメェがそんな元気なのか分からねぇよ」
そんな変な体位とかしていないのになと首を傾げる。というより、今日の昼間ヴィランを追撃しその後老若男女に取り囲まれたことで疲れているのかもしれない。戻ってこなかったニ十分の間、ずっと取り囲まれていた可能性がある。
じっとして穏便に済ませなければならない場面は不得意だもんな、と手を伸ばし、爆豪の髪にふわふわと触れる。本当に疲れているのか、されるがままだ。
ここぞとばかりに撫でまわすと、途中で噛まれかけた。いいわく「うっとうしい!」だそうだ。少し元気が出てきたのかもしれない。爆豪は起き上がると、ぐっと体を伸ばした。
「つか、バーベキュー場は一日何組とか制限あった気ぃする。滞在期間中に予約取れるか確認しとけ」
「お、そうか。分かった、ちょっと聞いてみる」
全裸のままベッドを降りると「パンツくらい履け!」と下着を投げつけられた。フロントに電話をかけながら、下着に足を通す。爆豪が凄い顔をしてこちらを見ているが、バーベキュー場は明日の予約が取れた。
親指と人差し指で丸を作り、OKを伝える。わかったと言いたげに指先を振ったのち、起き上がって身支度を始めた。やっぱり腹が減ったのかもしれない。セックスしたからどうのこうは置いておいても、もういい時間だった。電話を切る。
「飯行くか?」
「さすがに腹減ったわ」
「だよな」
今度はサッと事務的にシャワーを浴びて、それから部屋を出る。ルームキーは爆豪のアロハシャツの胸ポケットにしまわれた。なんだかバカンスって感じだ。
「今日も結構遊んだ気がするが、まだ明日と明後日があるんだよな」
「おー。明日は買い物な」
「楽しみだな」
肩を寄せあいながら、ふわふわな絨毯の上を歩いてエレベーターへ向かう。晩飯を食べた後はなにしようか。セックスはもうしてしまったし、上の方にあるバーラウンジに行くのもいいかもしれない。それか夜の屋上のプールで泳ぐか。
なににしてもまだあと二日あるのだと思うと、浮かれずにいられない。
まだあちこちに行ける。色々やることとやりたいことがある。しかしヒーローなので、やっぱり事件に遭遇するかもしれない。
思い出し笑いならぬ未来への笑いを浮かべ、晴れやかに爆豪を見る。
「明日もヴィランに出くわすかもな」
そう言うと、なぜか爆豪は今日一険しい顔をしてみせた。
なんだどうしたと顔を覗き込むと、真剣な顔でこう言われた。
「ヴィラン相手に妬く屈辱がテメェに分かるか」