教師謎時空エイプリルフール

(五夏/二人とも教師をしている謎時空)

 
 
 
 
 

「新学期前にすまないね。今日は皆に転校生を紹介するため、集まってもらいました」
 そう、教壇に立つ夏油が言う。四月一日に転校生とは珍しい。
 あと数日もしたら新学期が始まるのだから、紹介はその時でもいいのではないか。なぜ今日なのか。教室に置かれた三つの机は全て埋まっていて、つまり全員が集められていた。他の二人のようすをうかがうべく顔を向ければ、伏黒と、釘崎の横顔が見える。二人とも似たような顔をしていた。虎杖と同じく「なぜ今日なのか」という顔だ。
 思えば自分も転校生だったのでは、と考える。虎杖よりさらに遅れて入学してきた釘崎がいたことや、あと一人しかいない同級生とはすでに顔を合わせていたことで、転校生という空気は全くなかった。なので、ちょっといいなこういうの、憧れるかも、と思った。転校生を紹介します、というやつだ。
「さあどうぞ、入っておいで」
 夏油が扉の向こうに声を掛ける。木製の引き戸が開き、大きな足が入ってきた。
「一日体験入学の五条悟、二十九歳です! 皆よろしくぅ!」
「センセー、オチが読めました」
「はいそこの悠仁、オチを読まない」
「体験入学なのか転校なのか、せめて設定統一しなさいよ」
「もう帰っていいですか」
「ダメです」
「東京都立呪術高等専門学校一年生担任から転校してきました。好きな食べ物は甘いもの全般、好きなタイプはちょっと変わった前髪の一見真面目そうな子です!」
「そういえば、二年になると夏油先生が担任になんの?」
「そうだよ。一年はなんだかんだ説明が上手い悟が基礎を教えて、二年になったら私がボコボコにしごくのが通例なんだ」
「えっボコボコにされるの? これ以上?」
 よく見るときちんと高専の制服を着ている五条を一旦無視し、怯えるように自分の肩を抱く。一年の頃たまに夏油が受け持っていた体術の授業を思い出すと、反射的に恐怖が蘇る。この先生は本当に強い。
 基本は五条から教わっていたのだが、またに夏油の手が空ていると「特別講師の傑でーす!」と五条が連れてくるので、何度か組手をしたことがある。タイプとしては式神使いで伏黒と同じはずなのに、体術への重きの置き方が全く違う。素手で五条と殴り合いが成立するので怖い。あの人たち術式とか要らなくない? とたまに、いや、よく思う。夏油は術式不使用の呪力操作のみ、こちらは術式武具なんでもありの組手でも、まだ一本も取ったことがない。
「ところで傑セーンセ、僕の席は?」
「ああごめん、急な転校だったから用意するの忘れていたよ。無下限椅子に座ってくれる?」
「空気椅子みたいな言い方やめてくんない。もー、仕方ないなあ傑センセーは」
「もしかして五条先生、傑先生って言いたいだけで転校生ごっこしてる?」
「イヤだな悠仁。僕は先生じゃなくて、君の同級生だよ」
「キツい」
 耐えきれずに漏らした伏黒を無視して、五条が窓際の席についた。長い足を折り曲げて、あたかも椅子に座り机に頬杖をついているように見せている。「もっと呪力操作覚えたら俺もあれできると思う?」と伏黒に聞いたら目を細められた。「忘年会の一発芸とかによさそうじゃない?」と食い下がれば「お前はなにになる気なんだよ」と呆れられた。今日はずいぶん塩対応だ。特級術師二人を前に、もう胸やけしているのかもしれない。
「それで、この後はなにすんのよ」
「……正直、ネタはもう終わったね」
「なら解散でいいじゃない」
「野薔薇知らないのかい、エイプリルフールは午前中いっぱい嘘を吐いてもいいって」
「エイプリルフールって認めてんじゃないわよ!」
 ああもう、と釘崎が机を平手でたたく。その気持ちは、正直よくわかる。今朝唐突に「もうすぐ二年生になる三人は教室に集まってください」と招集をかけられ、わざわざ制服に着替えてきてみればこの茶番劇だ。寮に戻って掃除をしたり、筋トレをしたりしたい。
 そこで「ふむ」と夏油が腕を組み、あごをさすった。
「野薔薇、肉と魚どっちが好き? お昼までに考えておいて」
「分かったわ」
「釘崎買収されんなよ!」
「心配しなくても、ちゃんとみんな連れていくよ」
「傑センセー、それって僕も?」
「残念だがその頃には君はもう私の生徒ではない」
「ハァー! 塩は顔だけにしろよ!」
「今は生徒だからね、表に出なくても特別に許してあげよう。ああそうだ、せっかくだし歴史の授業でもしようか。人間の歴史と呪術師の歴史、どっちが知りたい?」
「世界史か日本史かとかじゃないんだ」
 俺も胸やけしてきたかも、と胸に手を当てて考える。この二人に挟まれがちの七海を思うと、尊敬の念を抱きすぎて涙が出て来そうになるほどだ。
 そこで伏黒が、すっと手を上げた。目が据わっている。これは話を逸らす気だな、グッジョブ伏黒とエールを送る。
「今更なんですが、特級術師の教師が二人とも東京校に居ていいんですか」
「言われてみればそうね。片方京都校によこせとか言われないもの?」
「確かに。乙骨先輩も東京校だし」
「いい質問だね恵」
 言って夏油が頷きながら微笑んだ。
 いっそ哀愁すら感じる顔をして、窓際の五条を一瞥する。再びこちらを向く。
「私たちは京都校の楽巖寺学長に、そうだね。簡単にいえば、嫌われているんだ」
「うわ……」
「えっ、夏油先生まで?」
「まあ、若い頃に色々あってね」
 内緒だよ、と口元に人差し指を立て誤魔化そうとしているが、たぶん何か壊したか、喧嘩を売ったか、誰か殴ったかとかそんな感じだろう。夏油は温和そうに振る舞っているが、意外と導火線が短い。五条は満面の笑みでピースをしていた。間違いなく二人で何かやらかしたのだろう。
「そう思うと夜蛾学長って、心広いのね」
「実際そうだろ」
「だよなー学長になるくらいだし。まあ楽巖寺学長のことはあんま知らないけど」
「いや、虎杖お前、殺されかけてたろ」
「そうだった!」
 あったあったそんなこと、と大きく頷いていると、伏黒が信じられないものを見る目でこちらを見ていた。
「あんたたちはどっちも学長に向いてなさそうね」
「ふふ、甘いね野薔薇。このまま順当に行けば、学長の座はいずれ私のものさ」
「いやそこはせめて日下部先生じゃない?」
「いや彼は学長の座を面倒くさがると予想している」
「うわ! ちょっと虎杖、あんた教職につきなさいよ」
「えっなんで?」
「まあ、虎杖のほうが向いているだろうな」
「ほう、私のライバルになる気か。いい度胸だね」
「聞き捨てならないな、傑のライバルは僕でーす」
「転校生の五条悟さん、キャラブレてますよ」
「いっけね。よしよし、わかった。これから悠仁とは同級生として、傑をかけて争うことになるわけだね」
「すり替えるな悟、学長の座だ」
 気づけば静かにしていた伏黒が「釘崎いいか」と唐突にひっそりと話しかけた。「なによ」と釘崎が、伏黒の差し出したスマホの画面をのぞき込む。待って俺もそっちに入れてと視線を送るがスルーされた。
「昼飯ここどうだ」
「は? 和牛ひつまぶし? 伏黒あんた天才?」
「じゃあ予約取るな」
「ちょっとそこ、財布の私に話を通してくれないか。いいけれど」
「もしもし、すみません予約を取りたいんですが。今日の昼に、はい、えっと、四人で」
「五人だよ!」
 ごにん、ごにんと電話口に向かって声を掛け続ける五条に、渋々伏黒が「やっぱ五人でもいいですか」と言い直した。あと数回「はい、はい」と頷いて「よろしくお願いします」と電話を切る。「五人で席取れました」の声は実に平坦だった。
「何時?」
「十一時半」
「さすがにまだ早いわね」
「ところでさ、僕まだ全然転校生っぽいことしてないと思わない?」
 それもそうだな、と五条以外の全員が首を傾げた。
「転校生ってなにすんの?」
「さあ。私も転校したことないから。悟はなにしたかったの」
「……えっ、傑の、生徒?」
「よし! 十一時まで解散!」