津々浦々特級旅行

(自由気ままな特級二人に育ったIF五夏)
 
 
 
 
 
 

「はたから見たらパパ活じゃ」
「いや、私達そんなに年離れていないでしょ」
 言い返すと、となりを歩く天内がふくくと笑った。
 見えたとしてせいぜい兄妹だよね、と肩をすくめる。
 ちらりと辺りを見回しても、こちらに好奇の視線を寄越す誰かの姿は見当たらない。元より休日のショッピングモールを行き交う人々は多く、忙しなく、すれ違う人の姿に目もくれない。
 全く、変な冗談やいたずらはいったい誰に似たのだか。それとも元々こうだっただろうかと記憶を探る。出来事の全てに悟がいて、一緒くたに思い出されてくるものだから、なにがなんだかよく分からない。悟の悪ふざけに天内が同調する場面は、存外多かったように思う。とすれば、悟のせいかもしれない。
 トレードマークのようなおさげは消え、天内の背中では束ねた毛先がくるんと巻いている。ヘアバンドだけは健在だった。あとは様々記憶の中の面影を残すのみで、すっかり大人びた姿に変わっている。それもそうだ。なにせ出会って十年は経つ。
「妾は喉が渇いたぞ」
「はいはいお嬢様」
「うむ。クリームソーダにしよう」
「へえ」
 そんな子供っぽいものがいいの、と目を丸くすれば、天内に肩を叩かれた。
「今は色んな色のクリームソーダがあって可愛いの!」
「ああ、言われてみれば」
 悟がたまにそんな写真を送ってくるかもしれない。
 お嬢様に促され、ショッピングモール内のカフェに入る。どうやら下調べは済んでいたようだ。席に案内されると、迷わずクリームソーダのページを睨み始めた。
「私もたまには飲もうかな」と一枚きりのメニュー表をのぞき込む。戦隊物のようにカラフルな色を付けられたクリームソーダが、賑やかにきらきらと並んでいた。これは確かにかわいい。
「青色にしようかな」と言うと「ははん、五条の目の色じゃな」と笑われ「一番ソーダっぽい色じゃない? 青って」と反論する。
 天内はピンク色のクリームソーダと、ショートケーキを注文していた。傑はクリームソーダだけにした。
「理子ちゃん。今日は他に用事は?」
「ない。目的は達成したし」
「晩ご飯は?」
「黒井が作ってくれるから帰る!」
「仲いいねえ」
「当たり前じゃ」
 ふふんと笑って、天内は運ばれてきたクリームソーダをスマホの写真に納めた。パシャッと電子音が鳴る。その後ちまちまと操作したあと、テーブルに置いた。
 傑はそれを眺めながら、ソーダに浮かんだバニラアイスをすくって食べた。甘い物を食べている誰かを見ながらブラックコーヒーを飲むことが多いので、こうしてカフェで甘い物を食べるのは久しぶりだ。
 ストローをくわえて、ソーダを一口飲み込む。そのとき突然ボスンと、ソファの座面の片側が沈んだ。
 勢いよく沈んで、クッションの反発で戻る。
 飲み込むところだったソーダが、危うく変なところに入るところだった。「んん」と軽く咳き込む向かいで、天内が目を丸くしている。
 視線は、傑のすぐ横を見ていた。
「これってもしかして、浮気現場ってやつ?」
 天内が二、三度瞬きをした後、手元のスマホと、傑の横を見比べ始めた。なるほど、先ほど撮った写真を悟に送っていたのか、と納得する。
 急に現れた悟は、傑のクリームソーダを奪うと、アイスを半分食べてしまった。
「さっき送ったのに、なぜもう居るのじゃ」
「任務終わりでちょうど外に居たからね、飛んできた」
 そう言って悟が人差し指を上に向けた。
 屋上にワープしてきたのか。メッセージを見てすぐにワープしてきたのなら、この速さは頷ける。写真に写っていただろう、グラスに書かれたチェーン店名だけで、この場所を特定した速さは少々怖いが。
「今日は黒井の誕生日プレゼントを選ぶのに、付き合ってもらっただけじゃ」
「それなら俺も呼べよなー」
「悟はプレゼント選びに向いていないだろ。役に立たないと言っても良いくらいだ」
「は? 去年の傑の誕生日にやったやつ喜んでたじゃん」
「ぐ、それは」
「いや、五条が分かるのは夏油が喜ぶものだけじゃろ」
 会話の方向性が怪しくなってきたので、悟からクリームソーダを奪い返して気をそらす。「あ、俺の」という情けない声が追いかけてくるので「君のじゃない」と手を払う。
「任務もう終わったんだ、早かったね」
「らっくしょー。あ、もしかして俺が任務なの見計らって出掛けてったのかよ。やっぱ浮気じゃん」
「そんなことないよ。理子ちゃんと日程調整していたら、たまたま悟がいない日だったてだけ」
 返信の際に「その日は悟、任務だね」なんて教えはしたが。天内はショートケーキを頬張りながら、ゆらゆらとフォークの先を揺らした。
「どちらでもいいが、五条が居なかったおかげで、プレゼントはスムーズに決まったのじゃ」
「つかさ天内、未だにのじゃしゃべりなの?」
「うるさいな! アンタたちと一緒に居ると出ちゃうの!」
「方言かよ」
 天内の上半身が不自然にガクンと揺れた。きっとテーブルの下で蹴りを繰り出したのだろうが、オートの無下限に阻まれて届いていない。悟はけろりとして「俺もケーキたのもっかな」とメニューに手を伸ばし、天内に「五条こそ、一人称まだ直してないの」と呆れられている。
「対外的な場面ではちゃんとしてますー」と答えているが、それは傑の見張りによるところが大きい。一人の時でもきちんとした喋りをしているのかは、いささか怪しい。
 悟が注文したチョコレートケーキを食べ終えたころ、天内の皿も空っぽで、傑のクリームソーダも飲み干されていた。
 カフェを出て、天内を駅まで見送って、そこで別れた。
「誕生日パーティーとかしたげる?」
「好きだねぇ」
「傑こそ好きじゃん、誕生日パーティーとか」
「お祝い事は楽しいよね」
「俺も庶民パーティーは好き」
「言い方」
 二人並んで、改札を前に引き返す。人の波に逆らって、歩道に出ると途端に人の数が減る。空が夕暮れがかっていた。
 このまま少し歩いて、人の少ないところで呪霊に乗るなり、悟のワープを使うなりして、高専まで戻る。人でごったがえす電車は好きではなかった。
「てかさ、俺が飛んできたのは天内の顔を見に来ただけじゃないんだよね」
「はは、浮気現場を押さえに来たんじゃなくて?」
「それだったらもっと派手に乱入してるね」
「うわ、嫌だな。絶対しないでおこう」
 少しだけ、浮気断罪のため空から降ってくる悟の姿を想像してみたが、あまりうまく思い浮かばなかった。怒るものか、拗ねるものか、面白がるものか。
 しかし悟の言う「派手な乱入」は、間違いなくろくでもない状態だと分かる。浮気をするつもりもないが。というか、親友の浮気とはなんだろうか。
 ふと悟が一歩大きく踏み出し、半身前に出た。上半身を捻って、傑の顔を覗き込む。口元がにんまりと笑っていた。外出用のサングラスの下も、きっと目が三日月のような形を作っていることだろう。
「でさ傑、ガネーシャみたいな呪霊、欲しくない?」
「詳しく聞こうか」

     ◇◇◇

「アロハー!」
「アロハではないね」
「傑はアロハシャツだけど」
「悟ってなんだかんだ無地が好きだよね」
 フルーツと生花で飾られた華やかなグラス同士を、カチンと合わせる。二人は今、高級ホテルに備え付けられたプールに居た。プールサイドに並べられた大きなデッキチェアに寝そべって、燦燦と降り注ぐ日差しをパラソルで遮りながら、くつろいでいる。
 目の前に広がる景色は広く美しく穏やかだ。さすが、一泊が悟の部屋の家賃くらいするホテルだけある。それだからなのか、その割になのか、ほとんど人の姿はない。ちらほらと行き来しているのは従業員だろう。
 となりを見れば、頭にサングラスをさし、水着に黒いパーカーを羽織った、真っ白い悟が横たわっている。華やかなドリンクを持つ姿は様になっているが、どうも十代のころに見た沖縄の姿と変わり映えしない。服の好みが変わっていないともいえる。
 沖縄に比べたらずいぶんと遠くまで来た。
 いや本当に、ここまで大変だった。

「海外で長く神と崇められた結果、特級クラスの呪霊が発生する事例って、まあまああるらしいんだよね」
 ショッピングモールの帰り、ドラッグストアに寄って買ったトイレットペーパー片手に悟が話し始めたところから数えると、もう何ヶ月経ったことか。「崇められているから実害としてカウントされなくて、公にならない、みたいな。生贄システムに似てる感じかも。あと天災」
「あるだろうとは思っていたけど」
「俺もたまたま海外旅行帰りの術師から聞いてさー」
「海外……九十九由基?」
「いや全然違う人」
「そうなんだ、まあいいか。悟、予定は」
「特級案件なんて滅多に出ない」
 にまっと笑って指をさされる。実際そうだ。悟も傑も、基本対応するのは一級案件ばかり。それも数としては多くない。あとは他の術師に経験を積ませるため、二級以下の案件にサポートで同行したり、旅行がてら適当に余っていた任務を受けたりだ。
 特級など、そう出現しない。
 だからこその特級。
 家に帰り旅券等々調べ物をする悟の横で、伊地知に連絡をした。
「私と悟、しばらく留守にするからよろしく。え、ええ……あー、しょうがないな分かったよ。いやごめん、となりで悟が、特級案件なんて滅多にないだろって騒いでるんだけど。はは、だよね。しょうがないな、それだけ片付けてから行くよ」
 即日出発したかったのだが、さすがに困りますと泣きつかれて、ある程度の引き継ぎを行うことで決着した。
 そこから任務という任務を片付けて、ついでに高専の教室に特別講師として潜入し後進を少々育成。卒業した手の新人術師の引率もこなして全体的な底上げを行い、やっとのことで大手を振っての休暇を手に入れた。
 その間の働きっぷりといったらなく「俺達は神かもしれない」と悟が嘆くほどだった。
 やっとのことで海外へ飛び、少々観光を挟みながらガネーシャ探しが始まった。
 だがざっと歩き回っただけでは、悟の目に引っかからない。呪霊を放って探索させるも見つからない。さすがに特級クラスとなると簡単に見つかりもしないかと作戦を変更し、現地住民に聞き込みを開始。
 呪霊の姿はないが不自然に呪力が吹き溜まっている村に、特殊な信仰を保つ部族が住む話を聞き、たぶんここに潜んでいるだろうと当たりを付け、潜入することになった。
「なんかしらの方法で姿隠してるだけだろうし、俺とオマエが居て引きずり出せないこともなくね?」という悟を「面白そうだろ」と説得することが一番大変だったように思う。
 実際、広い地域で崇められている存在が、なぜこの場所に特級呪霊として発生したのかに興味があった。
 二人がいてピンチになるようなことはまず無いが、万全を喫するに越したことはこい。あとはただ純粋に、本当に、面白そうだった。村には変な呪物が様々陳列されていた。
「謎の儀式に巻き込まれる俺達、面白いからカメラ回してドキュメンタリーにしておけばよかったな」
「惜しいことをしたね。カメラなんて回したら没収される空気だけど」
「傑の手持ちに居ないの? 映像記録できるやつ」
「記録してデータとして吐き出せるほど文明が進んだ呪霊となると、もう少し後の世代になりそうだね」
「じゃあ録画だけは?」
「居るには居るが、呪いのビデオに改変される」
「それ、録画失敗してんじゃね」
「それにここでシャーマンと呼ばれている彼、見える側だろ。私が目立って動くのは良くないね」
「いやあいつ術師ほどの才能は無いよ」
「見られることが問題なんだよ」
 戦ったら勝てるなんて当然のことだし。
 なんてことを話しながら潜伏すること三週間。「パフェ食べたい」と嘆く悟を「その辺にある果物食べなよ」と励まして過ごし、漸く呪霊の姿を拝むに至った。
 決まった周期でしか姿を現すことが出来ないようだった。それを縛りに力を底上げしていたと見える。
 シャーマンと呼ばれた青年が祭事を取り仕切り、信者を拝謁させる。といっても神像があるのみで、信者に呪霊の姿は見えてはいないだろう。悟と傑の二人は、新たな信徒として紹介を受けることになった。
 事前に教えられた複雑な作法に基づいて、拝謁を進める。そのどさくさに紛れて悟が攻撃を加え、弱ったところで傑が取り込んだら、まあバレた。シャーマンの青年に。
 何もしていませんよという顔をして祭事の輪に戻ろうとしたら「あの二人が神を奪った!」と指をさされて囲まれた。
「いえ、なにもしていませんよ」
 再度しらばっくれたのだが、どうやらこの村においてシャーマンの言うことは絶対のようだ。きっとこの流れでえん罪を着せられて、生け贄にされたり邪魔なので消されたりした人が居ただろうな、なんて想像をしながら悟と二人で逃げた。
「この像しておいた方がよくね?」と言って悟が神像を壊したのもまあまあ怒りを買った。
「歴史遺産だったらどうするんだ、国際問題じゃないか」
「いやあれかなり新しいよ。せいぜいここ数十年くらいのもんじゃないかな」
「……あー、シャーマン君が黒ね」
「たぶんそう」
 どこかで見つけたあの呪霊を神だと思い、あの神像を媒介にこの村に誘致した、とかその辺だろう。長い年月を掛けて再びあの呪霊は復活するだろうが、あの神像も壊してしまったことだ、ここには生まれてくることはないだろう。
 激昂し襲いかかってくる信者を悟のワープで振り切り、このホテルにチェックインしたのが一昨日のこと。「呪霊取り込んだら近くで一番良いホテルに泊まろう」と決めていたからだ。
 昨日は一日ゆっくりとくつろいだ。
 部屋の大きなバスタブにたっぷりの湯をはり、二人で足を伸ばして浸かった。レストランで繊細で豪華な食事を取りながら「人類の英知って味がする」と深く感動し「あの村の飯無味だったもんね」とお互いしみじみと草の味を思い返した。悟と夜な夜なワープで抜け出し、屋台で軽食を取っていなかったら二日目くらいで暴れて、村ごと破壊して呪霊を取り込んでいた可能性があった。
 その後たっぷりとベッドの上で過ごし、ホテルのバイキングで華やかなモーニングをとり、水着に着替えて今だ。
 浮かれた見た目のドリンクにつられてここで寝そべっているので、まだ泳いでいない。もうあと二日ほど滞在する予定なので、今日は泳がなくたって良いほどだ。
 寝そべった悟のパーカーの内側、脇腹にひっそりと痕が一つついている。
「思ったより見えるね」
「なーにが」
「それ」
 キスマーク、と脇腹を指さす。
 昨晩だか今朝だかに、傑がつけた。「プールで遊びたいからキスマークはお互い一カ所だけにする」という縛りを結んだ結果のもの。そういったくだらない遊びに縛りを使うことが度々ある。お堅い上層部が知ったら憤死しそうだな、などたまに思う。
 悟は体を起こすと、パーカーの裾をめくった。脇腹をのぞき込んで、小さく残った痕の上に指を滑らせる。
 一昨日まで半サバイバル生活で、薄汚れていた名残など全く感じられないほど、つやつやぴかぴかな姿に戻っていた。全身が白く透き通るようで、日差しにさらしたらすぐに灰になってしまいそうだ。
「傑ここにしたんだ」
「いいでしょ。どうせパーカーに隠れると思ったんだよね。あと見えたとしても、絶妙に怪我に見える」
「何されたらこんな怪我になんの」
「人差し指で突かれたんじゃないか」
「相手が突き指になんでしょ」
 呆れた口ぶりの割に、ご機嫌そうだ。しばしキスマークを眺めた後、鼻歌を歌うように再び寝そべった。白い足先だけが、日差しの下に放り出される。
 トロピカルなドリンクに口を付けながら、さて悟側はいったいどこにキスマークをつけたのかと探る。
 ぱっと視界に映る範囲にはなし。腕の内側、シャツの下などもざっと見たが見当たらない。必ず服に隠れる際どい位置につけたのだろうか。昨晩いつつけられたかなと記憶をたぐるが、どうも思い出せない。三週間ぶりだったので気が済むまで、それこそぐだぐだになるまでやったしなと額をかく。
 降参し、声を掛ける。
「悟は私のどこにつけたんだい」
「ここ」
 悟が手を挙げて、自身の白いうなじに触れた。探るように傑も同じ箇所に手を伸ばすが、当然キスマークなんて触っても分からない。
「やらしいね」
「生え際ギリギリだから、意外と分かんないよ」
「……バックのときか。通りで覚えがないわけだよ」
「傑半分寝落ちてたし」
「どう、見える?」
「俺は自分の残穢が見えちゃってるから分かんない」
「とんだ執着だね!」
 たとえ誰かに見られたとして、丸見えだったとして、それで困ることもないのだけれど。
 それに今このプールには二人以外に誰も居ない。
 そこで、なんだか変だな、と訝しむ。
 先ほどまでちらほらと人影があったのだが、いつの間にか全く居なくなっている。もうすぐ昼だから、昼食のために引っ込んだのだろうか。
 なんであったとして、大して気にすることでもないかとグラスを置いたとき、悟が跳ね起きた。同時に傑もプールの向こうへと視線を向ける。
 悟は頭にさしていたサングラスを掛け直していた。
「神を返せ!」
 高らかに叫びながら、様々な武器を掲げた軍団が、プールの向こうに見えた。
 ここは高級ホテルの敷地内ではなかったのか、いやだから誰も居なかったのか、グルか、ホテルの従業員とあの村の信者!
「悟、先に行って荷物をまとめてくれ」
「オッケー。ペリカン貸して」
「いいよ。あまり喉の奥の方に物を投げ込むと、吐くから気をつけな」
 呪霊を呼び出すより先に、悟がパッと姿を消す。ペリカンに似た呪霊に対し、部屋に行き悟の言うことを聞くよう指示を出し送り出す。更に結界術が得意な呪霊を呼び出して配置、信者たちを囲わせ足止めをさせる。
「お邪魔しましたー」
 ホテル内部からこちらの様子をうかがっていた従業員達に笑顔で手を振る。跳躍に優れた呪霊の力を使い、上に飛び上がってその場を離れた。
 あっという間に荷物をまとめた悟とペリカンに、上空で合流する。図体のデカい大人二人、ペリカンの中で身なりを整えるのはなかなかに窮屈だった。
「せめて昼を食べてからにしてほしかったね」
「飯うまかったもんなー」
「高いだけあったよ」
 こうして呪霊内部に入って空を飛んでしまえば、術師以外には見つかりようがない。悠々としかしぎゅうぎゅうとくっつきあって、空を漂う。全く出発の前から最後まで、騒がしくて飽きない旅路だった。もう少し落ち着いて楽しみたかったかも、と一つ小さく溜息を吐く。
 このまま空港へ向かおうか、どうしようか。途中で何か食べようか。考えていると悟がまた、にんまりと笑っていた。
「でさ傑、ケツァルコアトルに興味は?」
「っくく、詳しく聞こうか」

 そういうわけで「ついでだしまだ高専から連絡ないし、他の国の特級呪霊も捕まえに行っちゃおうか」となり、二人仲良く日本ではない国への旅行を手配した。
「実は海外の呪霊の話、最初から二件聞いてたんだよね」とのことだった。途中で任務が入り帰国しないと行けないとなったらつまらないから黙っていた、と悟は言う。
 次の呪霊探しは一体目より難航した。
 もう謎の儀式に潜入しなくてもよかったが、あちこちを探し回り、ホテルを転々とし、合間に観光をし、美味しい物を食べ、一周回って元の場所に戻る羽目になった。
「これ、私達避けられているよね」
 そう気づき、気配を消して潜伏し、呪霊の残穢をひそひそ追跡することになり、まずまずの規模を移動した。
 ついでに途中、高専との連絡用端末を壊していた。だがここ一ヶ月ほどスマホの電波が届かない地域に居り、更に数日ほど地下神殿を探検していたものだから、連絡されても気づかなかっただろう。
 二体目を確保するころには、日本を飛び出して三ヶ月が経過していた。
「いやー、思ったより空けちゃったね」
「まあいいんじゃない。結局高専からの連絡はなかったし。端末壊れているっていっても、プライベートな方は無事だしさ、なんかあったらそっちに掛けてきてるでしょ」
「そうだね。さて、飛行機取れたらお土産でも買いに行こうか」
「変な現地グッズ買お!」
「硝子に嫌がられるよ」
 目的も達成したし、いい加減帰ろうかと言う話になり、悟と二人空港へやってきていた。辺境の空港だからか、人は少ない。思えば今回の旅はどこも都市部から外れていた。
「じゃー俺ちょっと行ってくるねー」とチケットカウンターに走って行った悟を見送り、近くのベンチに座る。傑が荷物番だ。
 ここは暖かい地方だが、日本に帰ったらもう寒い季節だろう。十二月も間近だ。あっという間にクリスマスかと思うと、ずいぶん長く旅をしていたように感じてくる。
 三ヶ月、なんだかんだ面白かった。知らない土地でふらふら二人旅。たまにこうして出掛けてくるのも悪くない。もう一人の特級術師も、こういう気分で放浪しているのだろうか。どうだか、違う気もする。
 頬杖をついて待っていると、視線の先の悟が不思議な動きをしていた。首を捻ったり、驚いたり、珍しく身振り手振りが多い。あげく身を乗り出してカウンターの中をのぞき込んでいる。しかし空港のスタッフも、戸惑っているがそれは悟の行動に対してではないように見える。
 最終的に額を押さえた悟が手を振り、こちらに戻ってきた。
「どうした? チケット取れなかったのか?」
「いやなんかさあ、日本行きがないとか、日本がないとかなんか要領えなくってさー。韓国行きにしちゃった。なんか食べて帰ろ」
 ほい、とチケットを渡され笑ってしまう。相談もなしか。全く良いのだけれど。
 チケットを指先で受け取り、ベンチから立ち上がる。
「お土産はそっちで買おうか」