(IF五夏)
「や、お待たせ」
「なに、法事の帰り?」
顔を見るなり悟が言った。ジャズの流れる店内で、大きくて古ぼけたソファに腰を下ろす。レトロな喫茶店だった。常連の老人達の集会はすっかりはけた後のようで、店内には私達の姿しかない。四人掛けのテーブルにゆったり二人で向かい合ってちょうど良い。
「猿の供養なんてするわけないじゃないか」
立てかけられたメニュー表を手に取って、軽食の項目に目を滑らせる。「意外と似合ってんね」という軽口に「着替える暇がなくってさ」と返す。悟に会うのにこの格好では目立つので、普段は着替えてから出てきていた。
近くに行くから飯でも食う? そろそろどこかで食事でもしようか。などなど、軽く誘って軽く会う。人のまばらな喫茶店が多かった。それか悟の知る窓が営む洋食店だとか居酒屋だとか。
「袈裟って着るもん多くない? 俺も和服着る方だけど」
「まあ身軽ではないね。その分威厳とかありそうでいいだろ」
手を上げて店員を呼び、サンドイッチを三種類とコーヒーを注文する。空腹だというのに本当に軽食しか取り扱っていなかった。悟の目の前には甘い色をしたカフェオレと昔ながらの硬めプリンが置かれている。まだ一口二口しか食べられていないところを見るに、来てそう時間は経っていないようだ。
「そのカッコで、信者から金集めまくってるって聞いたけどマジ?」
「家族を不自由させるわけにはいかないからねぇ」
「また増えたんだっけ」
「まあね」
頻繁に連絡を取り合っているわけではないというのに、よく知っているものだ。グラスに注がれた水を一息に飲み干して一息ついたころ、サンドイッチが運ばれてきた。物静かな店員は全てを無言で置くと、これまた無言で水をつぎ足してくれる。
一番手前に置かれたサンドイッチをつまみ、口に放り込む。意外に美味しい。
「そっちは最近どうなの」と、ある程度は知っているけれどと思いながら訪ねる。悟はプリンをすくいながら、反対の手を振った。というかそれだけなのか。食事は、と考えるが、今はもう三時近い。とっくに済ませた後か。
「オマエのせいで暇なもんだっつーの」
「なんだ、取り込める段階まで弱らせてから呼び出してくれてもいいよ」
「高専から死刑宣告出されて手配されてる立場はおわかり?」
「そいつとのんきにお茶をしている人に言われてもね」
「まあねー」
一切れ食べる? と皿を押しやれば「じゃあもらう」と言って白い指先がつまんでいく。「代わりにプリン食う?」と首をかしげられたがこれは断った。それから細々と極めてどうでもいい話をいくつか交わして、皿が空っぽになったところで席を立つ。いつの間にか置かれていた伝票は悟の手に渡った。
「家族思いの傑のために、ここは俺の奢りね」
「やっすいな!」
二人あわせても三千円しなかっただろと伝票をのぞき込むと、からから笑って身をよじり避けられた。隠すほどの金額ではないだろうにと肘で小突く。
「なら次は私が持たせて貰おうかな」
「マジ? 何食おう。考えとくわ」
「私の懐ではないしね」
「わっるい奴だなー」
じゃあまた。とレジに立つ悟の背を撫で外へ出た。