(236話後五夏)
「メリークリスマース!」
クラッカーの音が弾けて紙吹雪が舞う。それから少しの火薬の匂い。色とりどりの紙切れが空気の抵抗を受けながら、不規則に落ちていく。
「自分の命日にそんなはしゃぐものじゃないよ」
傑が言った。
クラッカーの紙吹雪を頭に受けた傑が言った。
追加でもう一つクラッカーを鳴らすと、黒髪に積もる彩りが更に増えた。やれやれまったく仕方がないな、みたいな顔をして肩をすくめ、椅子にゆったり腰掛け、テーブルに腕の片方を乗せている。
なにこっちが一人ではしゃいでいるのを、やれやれ顔で見ている人の振りをしているのか。
「口ヒゲまで付けた奴に言われたくないんだけど」
思えば傑が全身赤色の服を着ているところを初めて見た。
ペラペラのパーティーグッズではない、やけにしっかりした作りの赤いサンタ服の上下セット。真っ白でふさふさした胸元まである長い口ひげ付き。
赤い三角帽子だけ被ってクラッカー五個入りを三つポケットにねじ込んだけの自分が手抜きに思えてくる。
そもそもどこからサンタ服など持ってきた。かくいう自分も、どこでクラッカーを見つけてきたのかと問われると正確には答えられない。クリスマスと言ったらパーティーでしょ、と考えていたことくらいは確かだ。
傑は意味ありげで全く意味のない勿体ぶった空気を醸し出し、足を組み直した。
「やるなら全力でやるべきだろ」
「まあ、俺はお前のそういうとこ好きだけどね」
言っておくけど俺とお前の命日一緒だからね、人にはしゃぐなとか言えたもんじゃないからね、日付指定したのお前だし。と椅子を引いて座る。そういう君も自分で日付指定したじゃないか。と返され、いや命日指定したわけじゃないしと頬杖をつくと、私だってそうだけれど? と首を傾げられた。首を傾げ返す。
「ところで七海と灰原は?」
パーティーするから二人を呼んでおいて。と傑に頼んだはずだ。頼んで、パーティーグッズを探しに旅立った。この、明らかに沖縄っぽいホテルで。
どうやって見つけてきたのだっけなと、窓の外に目を向ける。
青い空、青い海だ。
ホテルの個室はどことなく見覚えのある内装をしている。寝ずに過ごしたあの部屋。
「誘ったんだけど、二人で過ごします、って七海に断られたよ」
「あ、マジ?」
「ああ言われちゃね、無理強い出来ないだろ。野暮ってものだよ」
「うっまいこと逃げるようになったなー」
あの七海がねえと、眼鏡を掛けていない姿を思い出す。
あの頃の俺達はなんだかんだと一緒に遊んでいた。七海は時々帰りたそうにしていたが、いつも逃げそびれていた。それに灰原はわいわいと騒ぐことが好きな方で、傑が「灰原達も行く?」と笑えば元気な「はい!」ばかり返していた。とすれば七海は行かざるをえない。それでもどうしてもという時は意地で帰っていたが。
小さい丸いテーブルを挟み、向かいに座る傑に手を伸ばす。触った白くてもさもさのヒゲは、見た目通りの触り心地をしていた。「フォッフォッフォ笑いしてみて」と頼むと「くくく」と笑いが漏れてきた。素で笑っちゃってるじゃんこいつ。
「つか、全力を出すべきなら俺、ミニスカサンタとかになるべきだったんじゃね?」
「どういう方向の全力だ」
一番面白くなる方向だ。
普通のサンタでは面白くないというか、既に傑が口ひげまで付けてしまっている手前、太刀打ち出来ない。とすればもうミニスカサンタでピンヒールを履いて飛び出るくらいしなければ、勝てないのではないか。ピンヒールの最大サイズって幾つだろうなと考えて、テーブルに頬杖をつく。
ふと見れば傑が腕を組んでいた。小難しく口を引き結んでいるが、大したことを考えていないときの顔をしている。
「……悟なら、いや……ダメだな。想像してみたけど、やっぱりゴツ過ぎてギリギリ似合わない」
「オイ、マジで着んぞ」
「顔がいくら可愛くても、着痩せしているだけでかなり筋肉質だからね。首肩のラインを隠せばいけるかと思ったんだけど、ミニスカからムキムキの足が伸びているのは隠しようがないし、威圧感がね」
「着て欲しいって言ってる?」
真面目な顔して何考えてんだよと、テーブルの下で足を振る。甘んじて蹴りを受け入れる当たり、まあまあ失礼な想像をしたと見える。
「それよりは、こっちの方が似合うんじゃない?」
傑が耳から口ひげを外すと、こちらに向けてきた。
それってマスクみたいにつけるタイプだったんだと納得している間に、傑の指が耳の上を滑り紐を引っかけていく。白いもさもさに口元を覆われる。意外と軽いし、それに温かい。口ひげって防寒具かもしれない。
「私より似合うな」
「白いから?」
「そうそう」
「かっるー」
頬杖を辞め、体を起こして椅子に背を預ける。ついでにそれっぽい手つきで口ひげを撫でる。「フォッフォ」と低い声を作って笑うと、今日一傑にウケた。
赤いサンタ服に身を包んだ傑が、目尻に涙が滲むくらい笑っている。ツボに入ったらしい。
くっくっと喉を鳴らして澄ました笑いを漏らす姿も好きだけれど、そうして背を丸めながら大笑いしている姿を見ると、どうしたって嬉しくなってっていけない。
つられる様に笑う。
「こういう時にさあ、俺と一緒になってバカしてくれんのって傑だけだよ」
あの日俺達はずっととなりを走っていた。
大笑いをむせて引っ込めた傑が、はっと顔を上げた。怪訝そうに眉をゆがめながら、疑うようにこっちを見ている。
「え、私、君側なの?」
「そうだけど?」
「えぇ……」
勿論たしなめられることも多かったが、付き合わされるのではなく、付き合うでもなく、一緒になって走ってくれるのは傑くらいなものだ。「やるなら全力でやるべきだ」なんて言って、自主的に口ひげまで付けて待ち構えていた奴が、何を今更。七海にクリスマスパーティーを断られた後、どこかへ衣装を探しに出掛けて、着替えて、部屋で澄ました顔をしていたくせに。
俺はお前のそういうところもずっと大好きだよ。
「これ返すわ」
口ひげを外して、納得のいかない様子の傑に付け直す。その間抜けな顔にキスでもしよっかなと思うも、口ひげのせいでできなかった。まあいいか。
椅子を引く。
「な、ケーキ探しに行こ。クリスマスって言ったらケーキでしょ」
「……真っ先にクラッカー探しに行ったくせによく言うよ」
「口ひげに言われてもね」
呆れた顔をしているくせに、傑はすんなりと立ち上がってとなりに並んだ。「ケーキとあと何食う? いっぱいあったらやっぱ七海と灰原襲撃する?」と歩きながら横目にうかがえば「さすがにやめてやりな。自分たちの命日にクリスマスパーティーしている先輩に付き合わされるのは可哀想だろ」と急に冷静至極な正論が飛び出てきて驚いた。
部屋のドアを開いて先に外へ踏み出した時「あ」と傑が声を漏らした。首を捻って見た肩の向こうに、雑な手つきで口ひげを外す姿があった。そしてポイッと軽く、しかし豪快に、テーブルに向けて放り投げる。
「これのせいで紅茶の一杯も飲めなかったんだよね」
なんて、忌々しそうに言うので笑ってしまった。
「お前がつけたんじゃん!」