大掃除

(決戦前の五と家)

 
 
 
 
 
 
 

 十二月も下旬にさしかかろうかという頃、五条の部屋を訪ねた。
 高専の一角を間借りしている方の部屋だ。
「身辺整理でもしてるのか」
 ドアをノックするまでもなく開け放たれた部屋の中を、冷たい空気が吹き抜けている。五条はその中に居た。殺風景な部屋の中、特に何をするでもなく外を見ていた。白く長い影が振り返って青い色をのぞかせ「あれ、硝子じゃん」と、数日後に命どころか世界の命運が掛かった戦いが控えているとはとても思えない、軽い声で言った。
「やだな、大掃除だよ。ほら一応年末でしょ。それに、なんだかんだここに戻ってきたの二ヶ月弱振りだから、色々やばくって。誰か掃除しておいてくれなかったの?」
「掃除してる暇があったと思うか?」
「そりゃそうだ」
 元々荷物の少ない奴だったしこんなものかと、部屋の中に目を滑らせる。家具はあれどもおよそ生活感と呼べる空気はない。
 さすがに、もっと、何かあったはずだろう。
 そう思えども、ここへ来たことなど数えるほどしかないから比較ができない。粗大ゴミでも並んでいれば分かりやすかったが、五条はきっと面倒くさがって自らの術式で葬ってしまっているだろう。
 それでもどうにか、明らかになにかが失われた空間に向かい「冷蔵庫はどうしたんだ」とたずねれば「中がヤバいことになってたから捨てちゃった。戻ってこれたら正月のセールで買うよ」とからからと答えが返ってきた。
 煙草の一本でも吸いたい気分だった。
 開け放たれたドアの縁、敷居の手前に佇んだまま、壁にそっともたれかかる。後方支援の私ですら、どうにも疲れていた。
「……向こうの作戦会議、本当に出なくて良かったのか」
「まあね。僕ってああいうの向いてないし」
「だろうな」
「それに作戦とかをまとめるのは日下部の方が上手いし、信用してる。内容も聞いたし、特訓にもちょっと顔出してるよ。生徒のみんなも更に伸びてるし、心配はしてないかな」
 その特訓が終わると、毎日誰かしらが私のところへやってきていた。どれほど必死かも、日々強くなっているかも、五条よりよほど知っているのではないか。そんな中、怪我を治してやるくらいしか、今の私ができることはなかった。
「生徒って言えば五条あんた、乙骨に任せたって?」
 夏油のこと。
 何を考えているんだ。とはさすがに口にしなかった。けれど顔の端には感情が漏れ出ていたのか、なんだかんだ長い付き合いだからか、五条はこちらを見て「まーね。負けるつもりはないけどさ、ちゃんと全部、次の手は打っておかないと」と笑った。
「どうしても自分でやりたいって言えないところ、ほんと可愛げないよ」
「こんなにグッとルッキングガイのプリティーフェイスなのに?」
 信用して任せられるのはいいことだ。だが全てが全てそうでもないだろう、と思えどもこれも言えなかった。そういえば五条はこの頃「信用」という言葉の存在を思い出したように、よく口にしている。
「憂太がさ、わざわざ話しに来てくれたからね。もちろん自分で行けるに越したことはないけどさ。ま、ひとまず僕に出来ることを、精一杯やるよ」
 がらんとした部屋の窓が閉められた。十二月にしては暖かい方だったが、空気の流れが止まるとやはり寒かったのだと実感する。去年もこんな感じだった。クリスマスを過ぎたら急に雪が降った。全てを覆い隠して白く染めるように、ずっしりと。
「あれ、硝子。もしかして心配してきてくれた?」
 にまっとどこか懐かしい笑顔を浮かべた五条の顔に、瞬きを返す。「……ああ忘れてた」と言葉を返し、自分の背後を指さす。
「みんなでご飯食べようってさ。今生徒主体で料理してる」
「マジ? 行く行く。片付けも大体済んだし」
「生活感のない部屋だな」
「寝るのが主だし」
 学生時代の部屋はもっと散らかっていただろ、なんて考えて、やめた。一人分の気配も十分に満ちていない部屋と、二人分の気配がぎゅうと詰まった思い出を比べるのはあまりに寂しい話だった。
 ドアを閉め廊下に出てきた五条と並んで「みんな」のところへ向かう。その道すがら「あっ」と思い出したように五条が歩調を乱した。見上げた先で、いつの間にか目隠しを付けた五条が、こっちを見ていた。
「硝子にも、一つ頼んでいい?」

 いいけど、以外に私が言えたことがあっただろうか。
 負ける気はないと言いながらもきちんと、自分がいなくなる身支度を整える、この、バカに向かって。