(綾時を殺した後の世界)
春になって新学期になって三年に進級した。
クラス替えがあったが、ゆかりや順平とはまた同じクラスで、見知った顔も幾つかある。あまり代わり映えはしない。
新しい教室内はざわめいていた。それは新学期特有の空気、ではなくてもっと何か、得体が知れない、透明でどろりとした気配。賑やかだからざわついているんじゃない。落ち着かないから、ざわついている。
足元が黒く丸く切り取られ、ぽっかりと口をあけて待っているかのようだ。
言い得ぬ何か得体の知れないものが、足元から覗いている。そんな気がする。
「いやーまた同じクラスだな。まっ、卒業まで宜しく頼むぜお二人さん」
「順平にはよろしく頼まれたくないんだけど」
「ゆかりっち……新学期早々手厳しいぜ」
気付けば机の周りに順平とゆかりが集まっていた。クラスは一緒でも、座席は離れてしまっていた。
自分は一番前の列、左から二つ目。順平は一番右の列の前の方、ゆかりは順平の斜め後ろ。
二人とも、去年出会った時より大人っぽくなった、なんてことはない。
変わらない。何も、変わらない。
「なーそいや今年の初めくらいからすっげー流行ってる終末論知ってるだろ」
「あー、あったね。そんなの」
「その終末論の、なんかもー宗教みたいになってんだけど。あそこの席の奴、あいつその宗教にどっぷりハマってるって有名な奴な」
順平があごで指したほうを見ると、一人の生徒を中心に置き人だかりが出来ていた。何か、異常な空気を感じる。あの、どろりとした透明が滲んでいる。ゆかりが顔をしかめた。
「そんな奴と今年一緒なわけ……最後の一年だってのに、やだやだもーサイアク」
「にしてもさ、爆発的に広がってるらしーぜ。その、ナントカって宗教。こりゃー本当に世界終わっちまったりして」
「順平まで……勘弁してよ。バッカみたい。世界が終わるとかさ、ありえないよ」
「へへっ、だよなー。なあなあ深月はどう思う」
「え」
「世界、終わると思うか?」
窓の外を見る。桜が、風に吹かれ散っていく。
「……さあ」
曖昧に笑う。
寮の自室でテレビを点けても、番組は噂の終末論ばかりだ。直ぐに消す。
ごろりとベッドに寝転がっても、全く眠くならない。眠りたい。目を閉じる。眠れない。
目を開けて、起き上がる。春といえど、まだ夜は冷える。クローゼットの中からコートを取り出して袖を通す。そのまま何も持たず寮を出た。
外に出るとやはり冷やりとした風が頬を撫でた。首を竦める。何も考えず寮を出たが、取り合えず何処かへ行きたい。歩けば眠くなるだろうか。寝られるだろうか。
長鳴神社を通り、少し遠回りをしてから巌戸台駅へ向かった。モノレールに乗り込み、ポードアイランド駅で降りる。
真夜中だけあって、人は少ない。駅の隅でこんな時間にも拘らず、演説をする人間がいた。それに群がる人間も。
(終末がやって来て人類を救ってくれる、か)
漏れ聞こえる演説の内容を聞き流し、駅を出た。
行き先がないと、歩きなれた道をどうも歩いてしまうらしい。何も考えず歩いていたら、不思議と学校へ向かう道を歩いていた。いや、もしかしたら学校を目指しているのかもしれない。こんな時間に学校へ行っても、きっと閉まっているだろうに。
そういえば、今は何時だ。寮を出る時時間を確認しなかった。
腕時計を見る。短針も長針も、丁度揃って0時を指した。
ふわりと生暖かい風が吹いた。辺りの色味が変わる。空を見た。恐いほど黄色い満月が、煌々と浮いている。
道路には今まで無かった、血糊の様なものがべったりとくっついている。
気味が悪い筈なのに、何故か、とても懐かしい気がした。
学校へと続く道を再び歩き始める。人気は全く無く、何故か時折道路の脇に赤い棺桶が立っていた。赤く暗く光る、血の色、みたいな棺桶。
どう考えたって気味が悪いのに、なのに、どうしたって懐かしかった。
学校へ着く。だが学校は無く、歪な塔がそびえていた。とても、高い塔だ。頂上が見えない。
上を見上げる。
月と、目が合った。
途端にあちこちから悲鳴や喚き声が聞こえてきた。先程まであんなに静まり返っていた空間が轟々と音を立てている。
降って来る。月から現れた目が、降って来る。
びりびりと肌に振動が伝わる。校門の両側に植わっている桜が大きく揺れ、花びらが舞った。
桜。
桜が、散る。
(そういえば、りょうじと桜、見る約束してたっけ)
散ってしまったら、約束が果たせない。ああ、
( りょうじって、誰だ )